32年前に高校球児として岩手県大会の決勝を戦った、盛岡四高と一関一高のOBたちが9月12日、盛岡市の球場で再び対戦しました。50歳となったかつてのライバルたちが甲子園を目指したあの日の思いを胸にプレーしました。
9月12日、盛岡市のきたぎんボールパークには夏の甲子園を目指し白球を追いかけた元高校球児たちが集まりました。32年前、決勝で戦った盛岡四高と一関一高のOBです。
1994年、公立校同士で決勝戦を戦った盛岡四高と一関一高。
試合は、準々決勝から連投していた両チームのエースが投げ合う、息詰まる展開となりました。
終盤、1アウト2塁と一関一高のチャンスで飛び出した鋭い打球。
これを盛岡四高のレフト・小笠原竜太選手が執念のダイビングキャッチで得点を阻むと、流れをつかんだ盛岡四高は最終回に2点を挙げ優勝を果たしました。
盛岡四高がつかんだ甲子園への切符。岩手県の公立高校が夏の甲子園に出場したのはこの年が最後です。
公立校の躍進を知る世代として、OBたちはいまの高校球児たちにも夢を追い続けてほしいと願っています。
そんな思いを胸に開かれたのが、今回のOB戦です。
中には、あの日チームを甲子園へ導いた小笠原さんの姿もありました。
盛岡四OB・小笠原竜太さん
「一生懸命プレーすることを見せることで、公立高校の歴史の扉が開かれることを期待している。勝負の決まるところは一瞬一瞬の微妙なプレーだと思うので、(今の球児たちも)一瞬のプレーを普段から大事にしてもらえればと思う」
そしてこの日、32年前に甲子園をかけて投げ合った両校のエースも再会しました。
盛岡四高の佐藤光徳さんと一関一高の佐藤敦さんです。
佐藤敦さん「(会うのは)あの試合以来ですね」
佐藤光徳さん「ほんと決勝以来」
佐藤敦さん「当時打たれて負けたので、きょうは絶対勝てるように」
佐藤光徳さん「いや、内容は敦さんの方が良かったので」
再会を喜んだ選手たちは昔話に花を咲かせながら、久しぶりの試合に備えます。
32年前、甲子園をかけて戦った選手たちが再び同じグラウンドに立ちました。
先発を務めたのは、あの日の決勝戦でもマウンドを託された両校のエースです。
当時の中心メンバーである3年生は2026年で50歳。
思うように体が動かず苦笑いする場面もありましたが、仲間と声を掛け合いながら楽しげに白球を追いかける…、その姿は32年前と変わらない球児そのものでした。
初回、盛岡四高は打者一巡の猛攻で一挙7得点、試合の主導権を握ります。
しかしリベンジに燃える一関一高が追い上げます。5回に連打で3点を挙げ、1点差にまで迫ります。
意地を見せたのは、32年前の決勝を制した盛岡四高。最終7回に一関一高を突き放し勝利しました。(盛岡四OB 11 - 7 一関一OB)
盛岡四OB(当時主将)中村健さん
「最高です!当時よりチームワークがいい感じがしたし、とにかく楽しかった」
一関一OB(当時3年生)斉藤忠洋さん
「自分のレベルを上げるとか、仲間と協力し合うとか、そういった楽しさが(野球には)あると思うので、一生懸命やった先にいいものが待っていると伝えたい」
試合が終わると選手たちは固い握手を交わし、青春をともに駆け抜けた仲間やライバルを称えあっていました。
甲子園を目指し白球を追いかけた先輩たち。32年経った今も変わらない野球への思いとともに、後輩たちへエールを送りました。
