長野県諏訪市在住の報道写真家・石川文洋さんが8月23日、亡くなりました。過去の番組から、石川さんの功績や人柄をたどります。(肩書、年齢、名称などは掲載当時のまま)
※NBSフォーカス信州「伝え続ける ―86歳の戦場カメラマン―」(2024年5月24日放送)より
(全3回の記事その1)
ウクライナやパレスチナ自治区ガザなど世界各地で戦闘が続く中、約60年前のベトナム戦争で最前線の取材を続けた86歳の報道写真家・石川文洋(いしかわぶんよう)さんが、写真を通して戦争の実態と命の尊さを伝える活動を続けている。ベトナム戦争では報道が反戦世論を高めたが、その後の湾岸戦争などでは情報規制により戦争の現実が見えにくくなった。石川さんは自らの体験と写真を若い世代に示し、過去の記憶を継承することが戦争を止める力になると訴える。
■最前線を取材したカメラマン
長野県安曇野市の堀金中学校で、86歳の報道写真家である石川文洋さんが生徒に向けて講演を行った。
石川さんは、1964年頃から10年以上続いたベトナム戦争の最前線に26歳で入り、銃弾が飛び交う現場でカメラを向け続けた戦場カメラマンである。ベトナム戦争は、南ベトナムと北ベトナムによる戦いにアメリカが軍事介入し、住民を含む300万人以上の犠牲を出したとされる。石川さんは「この場面を、シャッターを押しておかなければ、永遠に消えてしまう」との思いで、民間人が巻き込まれる姿や戦争の凄惨な現実を撮影してきた。
■戦争の現実と命の尊さ
沖縄出身の石川さんは、小さい頃に大阪などに移り住んだが、太平洋戦争末期の沖縄戦で祖父や親戚を失った過去を持つ。沖縄戦では人口の4分の1が犠牲になり、サイパン島では集団自決という悲劇も起きた。石川さんは講演で沖縄の言葉である “ぬちどぅたから”(命こそ宝)を引き合いに出し、命をつないでいく重要性を伝えた。また、アメリカ兵が自分たちが命を奪ったベトナム兵士の亡きがらの前で笑う写真などを示し、人間が戦場で見せる残酷さの実態を語った。講演を聞いた生徒からは「人を殺して笑えることが怖い」「絶対に戦争をしてはいけない」といった声が上がった。石川さんは現代のウクライナやガザでの戦闘に触れ、戦争の実態を知り想像することが大切であると説明した。
■変質する戦争報道と写真の力
ベトナム戦争当時、アメリカは自由な取材を認めていたため、メディアが報じる悲惨な現場の写真や映像が国内の反戦世論を高め、1973年のアメリカ軍撤退へつながったとされる。専修大学の武田徹教授(メディア社会学)によると、この経験を経たアメリカは自国に有利な報道を展開させる手法を研究し、1991年の湾岸戦争では前線取材を制限する 広報体制、“ディーバー・システム” を導入した。軍が提供する、精密兵器が目標に命中する映像ばかりが流れることで、戦争の実態が見えにくくなったと武田教授は指摘する。
ベトナム戦争で最前線を見た石川さんは「戦場の写真を見て想像し、戦争になったら悲劇が起きると知ることが、戦争を止めさせる力になる」と強調し、自らの写真と記憶を伝え続けている。
