宮城県南三陸町の山あいで「小さな宿 のん」を営む中村未來さん(38)は、東日本大震災のボランティアを機にこの町へ移住して14年。移住したこの南三陸町で、結婚、出産、そして離婚という人生の節目を経験した。
離婚の際、周囲から投げかけられた「女なんだから」というステレオタイプな言葉に傷つきながらも、自分らしい「心地よい生き方」を模索してきた。
性別にとらわれず、自然と共にしなやかに生きる彼女の歩みから、私たちが無意識に持つ「普通」を見つめ直す。

きっかけは東日本大震災のボランティア

中村さんが東日本大震災の被災地に足を踏み入れたのは、震災から約5ヶ月後の2011年8月のことだ。大阪で建築の仕事をしていた中村さんは、連日の報道を見ながら「何かできれば」という思いを抱え続け、ボランティアとして気仙沼市の小泉地区を訪れた。

数日間の滞在で中村さんが受けた衝撃は、ニュースや映像越しで見るそれとは、まるで違うものだった。中村さんは、「人々の日常が、一瞬で壊されてしまったのだと肌で感じた」と、当時の衝撃を振り返る。

そんな経験が心に残り、当時の勤務先だった大阪に戻ってからも、「現地で暮らしを取り戻すお手伝いをしたい」という気持ちが膨らみ続けた。
その後、2012年8月に南三陸町の行政職員だった女性と出会ったことをきっかけに、10月には復興支援の制度を活用して南三陸町観光協会に赴任した。

当初予定していた期間は1年。「ちょっと行ってくるね」という感覚だった。ところが、その1年が終わっても中村さんは帰らなかった。

「南三陸町で出会った方々の多くが、壮絶な経験をされていました。それでも前を向き、諦めずに町を取り戻そうと前進する姿に、私自身がエネルギーをいただいたんです」

被災してもなお立ち上がろうとする人々の力強さに、中村さんは圧倒された。「もう少しこの人たちといたい」という思いが重なり、気づけば定住へとつながっていった。

中村未來さん(38)
中村未來さん(38)
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「女なんだから」突きつけられた言葉

南三陸町で中村さんは結婚し、子供を授かった。しかし結婚生活は長くは続かず、 夫の不貞をきっかけに、やがて離婚という選択に向き合うことになる。その過程で中村さんの心に最も深く刺さったのは、地域の人から突き付けられた言葉だった。

「『女なんだから旦那さんを支えるものだよ』『女なんだから我慢することも必要』と言われてしまって。お世話になっていた大好きな方々だっただけに、本当にショックでした」

離婚から10年以上が経つが、当時のことを話す中村さんの目は潤み、その声は震えていた。当時投げかけられた言葉は、それほどまでに中村さんの心を深くえぐっていた。

それまで中村さんは、性別をほとんど意識せずに生きてきた。建築を学び、男性の多い業界で働いていたが、「女だから向いていない」などと思ったことはない。だからこそ、このとき初めて社会における性差というものを強く意識した。「なんで女だからと我慢しなきゃいけないんだろう」。そんな疑問が芽生え、それが中村さんのその後の生き方の原点となっていく。

中村さんはその後、女性支援に取り組む団体と関わりを深め、同じような状況に置かれた人々の話に耳を傾けてきた。自分が経験した離婚の手続きや審判、養育費の話を、夫婦関係に悩む人へ伝えることで、自身の経験に意味を見いだすようにもなった。

「夫婦関係で悩む人に自分の経験を伝えて『参考になった』と言ってもらえたことで、あの経験にも意味があったのだと納得できるようになりました」

「女なんだから」という言葉は、中村さんの心を深くえぐった
「女なんだから」という言葉は、中村さんの心を深くえぐった

目指すのは“心地よい生き方”

自らの辛い経験を受け入れられるようになった中村さんをこの町につなぎ止めたのは、初めて来た時に感じた、人々への憧れだった。

「この町の皆さんは、農家でも山に入るし、漁師でも土を耕す。その姿に強く憧れました」

それは、社会の情勢や経済状況に左右されない、しなやかで強い生き方。中村さんの人生観に強く影響を与えた。

「特定の職業や会社に縛られない生き方に出会えた。そんな町に自分をいさせてあげたいと思ったんです」

働き方や場所を自分で選択できるそんな生き方を、中村さんは“心地よい生き方”と呼んだ。中村さん自身も、それを目指しているという。

この日の宿泊客は台湾から体験学習に来た中学生
この日の宿泊客は台湾から体験学習に来た中学生

仕事と暮らし 境界線がない生き方

「心地よい生き方」を目指す中村さんの今の日常は、仕事と暮らしの境界線が曖昧だ。
古民家を改修した宿の運営、畑から手掛ける藍染めの事業と、基本的に自宅の周辺で仕事をしている。

藍染めは耕作放棄地の活用から始まり、2015年頃に種をまいてからすでに10年以上。川沿いのきれいな水を生かして育てる藍は、農薬も除草剤も使わない。晴れた日を選んで刈り取り、乾燥させ、染め、川で洗う。天気予報を4つ見て作業日を決めるほど、自然のリズムに沿った仕事だ。多くの人たちがまだ寝ている朝の4時や5時から行う畑作業が心地よいと言う。

娘のりっかちゃんも、一緒におもてなしの準備をする
娘のりっかちゃんも、一緒におもてなしの準備をする

子供たちの夏休み中は、仕事場のすぐそばに子供たちがいる。ゲームを持っていない子供たちは、川で遊んだり、絵を描いたり、ピアノを弾いたりしている。
「見守りながら仕事ができるのは幸せですね」と目を細める中村さん。自然のリズムに合わせたその暮らしは、まだ試行錯誤の途中だというが、どこか清々しい。

藍染めの作業をしながら、近くで遊ぶ子供たちを見守る
藍染めの作業をしながら、近くで遊ぶ子供たちを見守る

「普通」は自分で作った物差しでしかない

ワークライフバランスや働き方改革といった言葉が一般的になってきているなかで、中村さんの選んだ生き方は、それらとは正反対に見える。中村さんが思う「普通」とはどういうものだろうか。

「周りからは『変わっているね』と言われる今の私の暮らしも、私自身にとっては普通なんです。そう考えると、普通というのは自分で作った物差しでの見方でしかないのかなって」

いろんな生き方があっていい、と中村さんは話す。

「少数派が多数派の真似をする必要もないし、お互いに『そういう生き方や考え方もあるよね』と認め合えれば、みんながもっと生きやすくなるはずです」

今や世の中にあふれる多様性という言葉。しかし中村さんの語る「認め合い」は、きれいごとだけではない。

「普通」は自分でつくった物差しでしかないと、中村さんは笑う
「普通」は自分でつくった物差しでしかないと、中村さんは笑う

離婚を経て「女だから」という言葉に傷つき、それでもこの場所を好きだと感じ、子供の傍らで藍を育て、宿を訪れた人たちに自然の魅力を伝える。そうした経験の積み重ねの上で語る中村さんの言葉には、「普通」を押し付けない優しさと、生きる強さを感じる。

「普通」という物差しは、社会が作るものではない。自分が作るものだ。中村さんはそのことを、南三陸町の川辺で、藍の畑で、子供たちとの時間の中で、少しずつ確かめてきた。 そして今日も、天気予報を4つ確認して、「心地よい生き方」を模索していく。

※この記事は、仙台放送とYahoo!ニュース・LINE NEWSによる連携企画「#マイノーマル」です。働く、学ぶ、暮らす、老いる――時代や立場で変わる「普通」を見つめ直し、人と人が理解を深める手がかりを探ります。

早朝から行う藍畑での作業
早朝から行う藍畑での作業
仙台放送
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