戦争の記憶を伝えるため、地域に残されてきた“忠魂碑(ちゅうこんひ)”。戦没者の霊を慰め、戦禍の悲惨さを後世へ伝えるために建てられた石碑だが、今その記憶を受け継ぐ“場所”が、存続の危機に直面している。

■遺族にとって特別な場所
福島県浅川町出身の緑川汎(ひろし)さんは、太平洋戦争で命を落とした一人だ。
息子の一男さんは、父の最期について国に請求した資料で知った。
「私の父親は、中国の河北省の郭坊(かくぼう)地内の戦闘において、兵役書見ると、弾丸がこめかみから貫通して死んだと、痛ましい死に方ですね。そういう状態で中国で亡くなられたんです」

緑川さんが手を合わせる場所。それは、戦死した父がまつられている忠魂碑だ。
父への祈りとともに、緑川さんが抱いているのが、この碑をこれからも残せるのかという不安だ。
「管理は遺族会がやらないといけないということになると、限られて、遺族会に代わって誰がやるんだっていうと、段々風化しつつあるでしょ?」

■維持管理を担ってきた遺族会
福島県内に建立された忠魂碑は546基。そのほとんどが明治以降、帝国在郷軍人会などによって建立されたものだ。
福島県遺族会の佐藤洋孝事務局長は「その建設当時の組織は、ほとんど無くなっています。ただ、碑の後ろに親なりの名前がありますから、遺族会は放っておけないという立場」だと話す。

戦後、忠魂碑の清掃など維持管理を担ってきたのが遺族会。碑に刻まれた肉親が戦争で犠牲になった証として守ってきた。
しかし今、その役割を担ってきた遺族会にも変化が起きている。
佐藤事務局長は「遺族会が解散をしてるところは維持管理ができない。破損したらそのまま。あるいは草刈りもしていない。だからそこまでに行けないとそういうところもある」と現状を語る。
福島県遺族会の会員は、ピーク時の2万5000人から、現在は3884人にまで減少。忠魂碑の維持管理もままならなくなっているのが現状だ。

■行政への支援求める
緑川さんの地元でも、相次いで地区の遺族会が消滅。いまは緑川さんが石川郡内の複数の忠魂碑の管理を担っている。
地震の影響などもあり、破損したままの忠魂碑も点在。修繕には多額の費用が必要となる。
「これでは慰霊にはならないと思う。やはりどんな姿でも忠魂碑という姿を、きちっと作ってやっていかないと。誰が管理したって、ここに眠っている方がいるんですから。戦争のために出征した方を大事にするということは、そういう意味で生き残っている、我々に課せられた仕事であり課題だと思う」

遺族会では、忠魂碑の修繕や今後の維持管理について行政の支援を求めている。地域に残る忠魂碑は、戦争の記憶を伝える身近な存在でもあるからだ。
「100年経ったって戦争はあってはならない。大事に守るためにも、そういう歴史を知るってことは素晴らしいことだと思っています」と緑川さんは語った。

守り手なき忠魂碑。戦争を知る人が減っていく中、「慰霊の形」をどう残していくのか。それは戦争の記憶を次の世代へ繋ぐ課題でもある。

福島テレビ
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