ホテル立山は1972年の創業以来、半世紀以上にわたって親しまれてきましたが、今年8月で営業が終了します。
日本を代表する山岳リゾートホテル、建物には、いたるところにこわだりがあるんです。
世界有数の豪雪地帯、立山室堂。厳冬期、大雪原の中に佇む建物…「ホテル立山」です。
*リポート
「抜けるような青空のもと、どこまでも静かな白銀の世界が広がっています。私の後ろにはホテル立山があります。ただ3階部分まで雪に埋もれてしまっています」
過酷な自然環境に建つ、日本で最も標高の高いリゾートホテルです。
立山黒部アルペンルートの拠点・室堂ターミナルと一体でつくられた「ホテル立山」。地上6階建て、客室は81室です。
メインダイニングは、主峰・雄山を望む特等席。レトロな雰囲気が漂うカフェラウンジからも、眺望が楽しめます。
54年にわたり、165万人の宿泊客を迎えてきた日本を代表する山岳ホテル。
今月末でその歴史に幕を下ろすことになりました。迫る閉館を前に、記念グッズやイベントを企画してきたのが、副支配人の能登剛さんです。
着目したのは、特殊な建築の魅力。去年から「建築ツアー」を開催してきました。
*能登さん
「大自然の中にあるホテルということで、建物自体に全く私たちも着目したことはなかったんですけど『建築ツアー』ということで改めて調べてみると、『モダニズム』という思想で建てられているとか、堅牢な大自然に耐えうる建物につくられているとか、新たな気づきが沢山あった。これが開業当初のロビーの写真。全く雰囲気が変わってなくて驚かれるんじゃないかと思います」
5階のロビーラウンジ。開業時から変わらない姿のまま、時を重ねてきました。
*能登さん
「いちばんホテル立山らしさが現れている場所。モダニズムという建築様式で建てられている。特徴として、外の形が中にそのまま表れている」
構造を生かし、シンプルな美しさと機能性を追求した、「モダニズム建築」の特徴が色濃く表れています。
建設が始まったのは1968年(昭和43年)。工事は難航しました。当時、山岳地帯にホテルを建てるのは前例のない挑戦でした。
構想を描いたのは、アルペンルートの創業者・佐伯宗義氏。設計は、東京オリンピックの駒沢陸上競技場など名建築を手がけた、村田政眞氏でした。
「立山は、単なる物見遊山の山ではない」。自然と共生し、創造力を育む場にしたいという佐伯氏の情熱を村田氏が形にしました。
*能登さん
「ホテルは下から見ると矢印のような形の屋根。ホテル立山のシンボル的な部分。何も考えず矢印にしたわけではなく、大自然の中で、人間の居場所をつくるという意思、遭難者の目印になるとか、さまざまな要素を総合的に考えたら矢印の形になった。まさに『モダニズム』の発想でできた建物。この辺の家具も開業当初からずっとある。広い窓を独り占め的な感じで、景色が良く見えるようにわざと低い椅子に」
こだわりは、客室廊下にも。動線を分けるため、中央部に、従業員用の階段や機械室を集約。すべての客室が外に向く配置となっています。
*能登さん
「この大自然の真っただ中で、下界と同じような生活ができるホテルがある。ロケーションがいちばん素晴らしいところにあるホテル。感動して帰るお客様も多くて、そのお手伝いをできるのは楽しかった、光栄なことでした」
大自然の中で、人間の居場所をつくる。その志は、今も息づいています。
