戦後81年。戦争を知る人が少なくなる今、地域に残された“記憶の場”が静かに揺らいでいる。
各地に建てられた 忠魂碑。戦没者の霊を慰め、戦争の悲惨さを伝えるために建立された石碑だが、その維持が難しくなり、存続の危機に直面している。

父がまつられた碑の前で

福島県浅川町出身の緑川汎さんは、太平洋戦争で命を落とした一人だ。
息子の一男さんは、国に請求した資料で父の最期を知った。

「中国・河北省の郭坊での戦闘で、弾丸がこめかみから貫通して亡くなったと書かれていました。痛ましい死に方です」

父・緑川汎(ひろし)さんを戦争で亡くす
父・緑川汎(ひろし)さんを戦争で亡くす
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一男さんが手を合わせる場所は、父が祀られている忠魂碑。
しかしその碑が、これからも残っていくのか、不安が募る。

「管理は遺族会がやらないといけないとになると、人が限られてしまう。遺族会に代わって誰がやるんだっていうと…段々風化しつつあるでしょ?」

支えてきた遺族会の高齢化

福島県内には546基の忠魂碑がある。多くは明治以降、帝国在郷軍人会などによって建てられたものだ。
福島県遺族会の佐藤洋孝事務局長は、現状をこう語る。
「建立した当時の組織はほとんど残っていません。ただ、碑の裏には親の名前が刻まれている。遺族会として放っておけないんです」

福島県内には546基の忠魂碑
福島県内には546基の忠魂碑

戦後、忠魂碑の清掃や草刈りなどを担ってきたのは遺族会だった。
しかしその遺族会も、ピーク時2万5000人から現在は3884人にまで減少。
解散した地区も多く、管理が行き届かない碑が増えている。佐藤事務局長は「破損してもそのまま。草が伸び放題で近づけない場所もあります」と話す。

傾いた碑、修繕費は重い負担

緑川さんの地元でも遺族会が次々と消滅し、今は緑川さんが複数の忠魂碑の管理を担っている。
地震の影響で台石がずれ、危険なために下ろされた碑もある。

生い茂る草の中には台石 上部が下ろされた忠魂碑
生い茂る草の中には台石 上部が下ろされた忠魂碑

「これでは慰霊にならない。どんな姿でも忠魂碑は忠魂碑として整えていかないと。ここに眠っている方がいるんですから。我々に課せられた、仕事であり課題だと思います」

修繕には多額の費用がかかる。個人や地域だけでは支えきれない現実がある。

行政の支援を求めて

遺族会は、忠魂碑の修繕や維持管理について行政の支援を求めている。
忠魂碑は、地域に残る“戦争の記憶”を伝える身近な存在でもあるからだ。
緑川さんは「100年経っても戦争はあってはならない。それを守るためにも歴史を知ることは素晴らしいこと」と話した。

忠魂碑の維持管理を担う緑川一男さん
忠魂碑の維持管理を担う緑川一男さん

戦争を知る人が減り、語り継ぐ人も少なくなる中で、忠魂碑は静かにその役割を失いつつある。
慰霊の形をどう残していくのか。そして、戦争の記憶をどう次の世代へつないでいくのか。
地域に残された石碑は、今も問い続けている。

(福島テレビ)

福島テレビ
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