1945年8月9日、米軍機が投下した一発の原子爆弾は一瞬にして長崎のまちを破壊し、その年の終わりまでに人口の3分の2にあたる15万もの人々が死傷しました。
13歳で被爆した故・吉田勝二さんは、地獄のような惨状をこう語っています。
爆心地の方に向かうと黒焦げで炭化した人、目が飛び出ている人、内臓が飛び出した人、手足がない人たちが右往左往していた。
浦上川にたどり着くと、ここも焼けただれた多くの人が、油と血と汚れた水、その水を飲みながら次々に亡くなっていった。
私は、全身血だらけ、皮膚は剥がれ体の下の方にだらりとぶら下がっていた。
顔も皮膚は付いていたものの、どす黒く焼け焦げていた。
吉田さんの顔には生涯消えることのない大きな火傷の痕が残り、周囲からの視線に苦しみ続けました。
辛うじて死を免れた人々も、心身に深い傷を負い、放射線の影響でがんなどが発症することへの不安と恐怖を一生抱え続けています。
今、地球上に存在する核弾頭は、1万2000発以上。
なぜ、これほど残酷な兵器に固執する国があるのでしょうか。
国際社会に蔓延する相互不信と対立・分断を背景に、大国の「力による支配」が横行しています。
核保有国が当事者となったウクライナや中東の紛争も未だ予断を許さない状況です。
さらには、核兵器の近代化や増強など、核軍縮に逆行する動きが加速しています。
こうして、相互不信と対立・分断を一層深刻化させる悪循環に陥っているのです。
これは、核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議が核軍縮に向けた成果文書を3回連続で採択できなかったことでも浮き彫りになっています。
(全文2に続く)
