刑事裁判をやり直す再審制度見直しの改正法案が7月17日に成立した。現行の刑事法が1948年に制定されて以来、実に78年ぶりとなる。しかし、当事者や専門家からは「無罪の証拠が埋もれたままになり、えん罪被害者は救われないのではないか」という懸念の声が上がっている。
法改正が一歩前進だとすれば、なぜこれほどの懸念が広がるのか。未解決のままとなっている40年前に起きたえん罪事件の関係者は「真犯人を見つけて処罰する法律を作って欲しい」と訴えた。
被害者の姉が訴えた切実な言葉
7月14日、参議院法務委員会で「参考人質疑」が行われた。その場には40年前に福井市で起きた女子中学生殺人事件、いわゆる「福井事件」の被害者の姉・大橋宏子さんが登壇し、こう訴えた。
「証拠をちゃんと出して、すぐにやり直しの裁判をして、前川さんのような人はすぐに無罪にして、真犯人をちゃんと見つけて処罰をする法律を作ってください」
前川さんとは、福井事件で殺人罪で服役し、2度の再審請求を経て2025年の再審で無罪となった人物だ。本来ならば、大橋さんと同じく参考人質疑に出席する予定だった前川さんは「自分が話しても意味がない」として急きょ欠席。
それは、改正案の内容が不十分だという、怒りの抗議だった。
改正案は可決も…「運用上の懸念ばかりが残る」
しかし、大橋さんの参考人質疑から3日後の7月17日、参議院本会議で再審制度を見直す改正案が可決された。再審制度の見直しは、刑事訴訟法が制定された1948年以来、初となる。
改正の柱のひとつは、再審開始決定に対する検察の不服申立ての原則禁止だ。これは前川さん自身が経験した問題でもあった。
逮捕後から一貫して無罪を訴え続けた前川さんは、再審開始決定が一度取り消されたことがある。その背景には、検察による不服申立てがあったのだ。今回の改正では、十分な理由がある場合を除いて不服申立てをしてはならないという規定が設けられた。
だが、法制審議会メンバーでもある鴨志田祐美弁護士は、次のように指摘する。
「検察官が証拠を隠す。警察は証拠をねつ造する。で、検察官が再審開始に抗告をして、さらに抵抗する。こういうことを何とかしなきゃいけないと始まった再審法の議論だったのに、最後の判断を結局、検察に委ねてしまうような内容で、運用上の懸念ばかりが残る。運用によっては改悪になりかねない」
証拠開示がなければ埋もれていた事実
今回の改正再審法で鴨志田弁護士や前川さんが最も重視していたのが「証拠開示」だ。
福井事件では、前川さんを有罪へと追い込んだ重要な証言の一つに、関係者が事件当日に見たとする福井テレビで放送された音楽番組の証言があった。しかし、その後の証拠開示によって、その番組の放送日時が実際には違っていたことが明らかになった。
さらに、7月に名古屋高検が公表した当時の対応についての調査結果は衝撃的なものだった。少なくとも6人の検察官が、放送日時が違っていたことを認識しながら裁判を進めていたというのだ。
こうした事実を踏まえ「証拠開示こそがえん罪救済の核心だ」と前川さんは訴える。「本当に多くのえん罪犠牲者や再審請求人が、証拠開示によって再審開始決定へと導かれ、救済につながると思う」
「無罪の証拠が埋もれたまま」——限定的な証拠開示規定の問題点
しかし、改正再審法における証拠開示の規定は限定的なものにとどまった。裁判所が必要性を考慮して提出を命令するという形式であり、当事者が求める証拠開示とは程遠い内容だ。

鴨志田弁護士はこう語る。「無罪の証拠が埋もれたままになって、えん罪被害者は結局救われないという大きな懸念がある。これから再審請求を始めようとする人にとっては、真相に近づけるかどうか、自分が救済されるかどうか、一番大事なのは証拠開示ですよ」
証拠が開示されなければ、えん罪を証明する手掛かりそのものが手に入らない。改正法が施行されても、この根本的な問題が解消されない限り、えん罪被害者が生まれる可能性は下がらないのだ。
「政局の駆け引きに使われた」審議が深まらなかった背景
なぜこれほど重要な問題が、十分な議論なく成立してしまったのか。参議院では高市総理のSNS問題などで与野党の対立が激しくなり、再審法についての審議が十分に進まなかったという事情がある。
鴨志田弁護士は、この状況を強く批判する。「人の命がかかっているような問題が、最後は自民党の党議拘束や、政局の駆け引きの中に使われてしまったことが残念だし、それが法務検察の分厚い壁を国会が破れなかった要因だと思いますね」
改正再審法は成立した。しかし、証拠開示が限定的なままでは、無実の人が無罪を証明するための道は依然として険しいと言わざるを得ない。議論が深まらないまま成立した法律の「空白」を、どう埋めていくか。引き続き注視が必要だ。

