「自分の子どもと週末一緒にいたら教師失格」
かつて教師は土日も部活の引率や指導をするのが当たり前と言われた。
しかしいまや部活は教師の過重労働の温床と呼ばれ、国や地域は部活の改革に乗り出している。「ポストコロナの学びのニューノーマル」第21回では、部活改革の目玉の一つである「外部指導者」制度の現状を取材した。
学校が抱えてきた部活に歪みがきている
文科省のある幹部は「部活はこれまで学校が抱えてきたが歪みがきている」という。
「欧米では教員の業務では無く、地域がスポーツとして行います。日本の場合は地域スポーツが脆弱なので、学校の教員が生徒指導の一環として部活を行っているのです。しかしいま部活は教員の長時間労働の要因となっています。特に土日の大会引率については、先生も自分の生活があるわけで、かつてのような『自分の子どもと週末一緒にいたら教師失格』などと言っていたら益々成り手がいなくなります」
こうした状況をうけ、文科省では平成30年にガイドラインを定め、部活時間を平日は1日2時間で週4日まで、休日は3時間で1日までとした。
そして先生を部活から“解放”するため、文科省では外部指導者の本格導入を検討中だ。
「自分の負担も減り、生徒にとっても良かった」
「正直言いまして私の負担も減りましたし、生徒にとってもやっぱり良かったかなと思いますね」
こう語るのは全国でいち早く部活に外部指導者を取り入れた自治体の1つ、埼玉県戸田市の市立新曽(にいぞ)中学校の髙田康平先生だ。髙田先生は教師になって2年目で、3年生の社会を担当している。もともとは野球少年で野球部の顧問を希望していたのだが、顧問がいなかった陸上部顧問を依頼された。
この記事の画像(6枚)「私は陸上競技の経験がありませんでした。生徒からもっと専門的なアドバイスをしてほしいと言われ、練習メニューや指導方法が分からなくて当初はとても悩みました」
そこで髙田先生は陸上競技を猛勉強したのだが、「文字で書いてあることを伝えることはできても、感覚的な部分になると自分が実際やって見せるのができなかった」という。
「部活のあり方を1年間徹底的に議論」
しかし去年から戸田市では、部活を改革しようとする動きが始まっていた。改革の大きな目的は3つ。専門家の支援による部活の“量”から“質”への転換、エビデンスに基づくトレーニングの実現、そして外部指導者の活用による部活顧問の負担軽減だ。
「戸田市では国や県に先駆けて、3年前に部活にあり方について丸1年かけて徹底的に議論しました」と戸田市の戸ヶ﨑勤教育長は強調する。
昨年4月に外部指導者への委託が始まると、新曽中学校でも今年9月から男子バスケットボール、男女ソフトテニス、陸上部の4つの部活動に外部指導者がやってきた。
髙田先生が担当していた陸上部では、週2回外部指導者が生徒たちに練習の指導を行っている。髙田先生はこう語る。
「いろいろ練習メニューの幅も広がってきて、生徒も楽しそうにやっている機会が増えましたし、真剣にやっている様子も見えていますね」
トレーニングは生徒が楽しめるものを
外部指導者はスポーツスクールなどを展開するリーフラス株式会社から送られている。
新曽中学校で陸上競技の指導を行う土屋洋史氏はこう語る。
「私は通常小学生向けのスポーツスクールを担当しています。部活の指導は今年が初めてですが、トレーニングは生徒が楽しく身につけるメニューを考えています。そこはスポーツスクールとつながっている感じですね」
トレーニングではチューブなどを使った「斬新なもの」(土屋氏)を取り入れていて、生徒からも「初めてやった」「面白い」「こんなのもあるんだ」と概ね好評だという。
土屋氏は学生時代に陸上競技とサッカーの経験があるが、社内で陸上競技専門の社員から指導研修を受け、社員間で情報交換を行って指導のスキルアップに努めているという。
「学校に来てまず顧問の先生と話をさせて頂き、部員達の情報を聞いたうえでそれぞれに合った接し方をしています。記録が上位の部員は自分からアドバイスを求めてきますが、楽しくやりたい部員は楽しくやってもらうようにしています」(土屋氏)
では学校としては、外部指導者の導入をどう受け止めているのだろうか?新曽中学校の板橋哲校長はこう語る。
「いま教師の負担軽減がすごく言われています。そこで軽減になればと導入しましたが、実際にやってみると先生達からは『来てくれるとありがたいです』という反応が返ってきました。部活の指導が大好きな先生もいますが、そうではない先生には有効な手段なのだろうと思い引き続きお願いしています」
部活の外部委託費用をどうするか
しかし外部指導者を導入する際の壁となるのが「指導料」だと文科省幹部はいう。
「部活を外部委託にすれば指導料が発生します。その場合国や地方自治体が負担することになりますが、本来であれば受益者である生徒の家庭が負担するべきものです。しかし日本では部活の指導料はタダという発想です。また経済的に困難な家庭では支払うことが厳しいかもしれません」
欧米の場合は受益者である家庭が地域に運営費や指導料を支払う。しかし日本では学校が部活を丸抱えしていた歴史があり、部活の有料化には理解が得にくい。
「費用面の課題はありますが、先生方の残業は相当深刻な問題なので、先生を部活から切り離す流れは止められないですね」
こう語るのは戸田市に指導者を送っているリーフラス株式会社の伊藤清隆社長だ。
「私立の文化系部活では、音楽を教える先生にお金を払って委託する例がすでに結構あります。しかし公立の場合は経済的に厳しい家庭もありますので、そこはセーフティネット、補助金やスタディクーポンの活用などで解決できるのではないかと思います」
リーフラスでは10年以上前から指導者を送っており、いま都内杉並区や福岡市、名古屋市などで展開している。
「我々は各自治体、または企業からCSR予算などを頂いて部活指導にあたっています。各自治体や学校の導入目的は教師の負担軽減と生徒指導のスキルアップの両方ですが、公立学校は初めこそなかなかやりたがりませんが、どこかが始めるとどんどん手が上がってきますね」
外部指導者にも体罰や暴言問題が
しかし伊藤氏は外部指導者にも課題が残っているという。
「外部指導者はいま全国で約3万人いますが、ほぼボランティアです。その中では指導法が古く、体罰や暴言が問題になっている例もあります。リーフラスでは指導者の募集や採用から、研修、管理、監督まですべて行っています。今後は指導者の質もより問われていくでしょうね」
文科省では来年度全国100校以上で実証研究を行い、大学生や教員OBなどの部活指導者の候補者に指導方法への理解を徹底していく予定だ。
部活希望の教師は外部指導者扱いも
部活の外部委託はこれから大きな流れとなるだろう。しかし部活動の指導を楽しみにしている教師もいる。たとえば前述の髙田先生はこう語る。
「自分が学生時代にやっていた野球だったら、指導を外部にお願いしないと思います。また、陸上競技の指導も楽しくなってきたところだったので、お願いすると寂しい気持ちは正直あります」
外部委託によって教師は部活から切り離されるが、指導を希望する教師には「教師の立場としてではなく別の立場で指導にあたってもらいたい」と文科省幹部はいう。
この案では、任命権者である教育委員会の許可があれば、教師は外部指導者として報酬も受け取れるということだ。
これが実現化すれば部活顧問の“残業代なき”長時間労働はなくなり、部活を指導しない先生も気兼ねなく校務に専念したり、休みを取れることになるだろう。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】