経済3団体の一つ、経済同友会の夏季セミナーが7月17日・18日の両日、長野県軽井沢町で開かれた。41回目となる今回のセミナーのテーマは「共助成長社会の実現に向けた選択肢~対立軸を直視し、本質的な解決の道を議論する」。成長戦略や今後の企業経営の肝となるAIの実装と活用、政府との政策調整、共助の核となる民間団体の役割など、かなり自由で活発な議論が繰り広げられた。そして、会議を通じて、「野武士」と称された経営者たちが描く未来と、そこに立ちはだかる課題の一端も浮き彫りになった。また、消費税の減税とその後の増税など、高市政権の政策に対する期待と不安も垣間見えた。
「失われた30年であっても蓄えた30年だ」というプラス思考
実は筆者にとっては、今回はじめて経済同友会の夏季セミナーを取材する機会となった。経済同友会といえば、「企業経営者が個人として参加」し、「一企業や特定業種の利害を超えた幅広い先見的な視野で国内外の諸問題について考え、議論し政策提言を行う」のが特色とされているが、確かに自由度の高い議論に映った。
冒頭のセッションでは、代表幹事の山口明夫氏(日本アイ・ビー・エム社長)が、自ら掲げる「共助成長社会」について、「蓄えた30年の躍動化による令和の所得倍増と、テクノロジーを生きる力に変えることを通じて」と題してスピーチした。
この中で山口氏は、日本経済が低成長から抜け出せなかった過去30年は、「物価が上がらない→価格を上げられない→利益が伸びない→賃金を上げない→消費が伸びない」という守りの心理にとらわれた時代だったと指摘した。
そして「安さこそが最も重要、安くていいものが重要であるというような考えのもと…決して悪いことではないと思うが世界中で比べたら、なんで日本だけそういう形で対応するのという環境の中で経営を行ってきたと思う」と感想を述べつつ、「世界の輸出に占める日本のシェアが約30年で10.3%から2.8%に」「実質賃金は米国の1.48倍に対し日本はほぼ横ばい」「労働生産性の水準はG7最低」という顕著な数字を挙げた。
その一方で山口氏は、この「失われた30年」を、「蓄えた30年」だとあえて前向きに捉え、企業の純資産総額が約30年前の4倍近い約960兆円に増え、個人の金融資産も増えた上で投資に向かうなど、ストックは着実に厚みを増していて、これをいかに躍動させるかが経済成長への転換のカギだと訴えた。
そして現在の「株高」「金利の正常化」「賃上げ」という現象を転換の潮目ととらえつつ、成長への障害として「人手不足と格差拡大」「資源高・円安」、そして米中や中東の動向などを念頭に「世界的な自国優先主義と地政学リスク」をあげ、どう乗り越えるかが課題だと指摘した。
その上で山口氏は課題を乗り越える成長への道筋として、「令和の所得倍増計画」を掲げた。この言葉は、衆院選でも一部政党が掲げたり、民間のシンクタンクが掲げたりしているが、賃上げに直接関わる経済3団体のトップが口にすれば、また重みも違うものと言えるかもしれない、野心的な言葉だった。
具体的には、2040年代初頭に一人あたり名目GDPを2024年比で倍増させることを目標とし、成長の目安として「名目3%・実質1%以上を長期継続」し、今後減少が見込まれる人口一人あたりでは、年3.8%の成長があれば、目標実現が視野に入ると指摘した。
令和の所得倍増へ4つの取り組み
目標に向けた具体的取り組みとしては、山口氏は「企業の力強い成長」「新規市場・産業の創出」「人材育成・流動化と研究力強化」「リスクマネーの拡充」を挙げた。
担い手としては、経営者、政府、産学官連携、金融・市場の4つが挙げられ、キーワードとして「攻めの経営」「規制の解放」「経済安保」「AI・データの主権確保」「人材育成・流動化」「投資できる家計」など多彩な言葉が並んだ。
その上で「財政・社会保障の持続可能性」や「統治システムのアップデート」といった政治的な要素=「社会の器」にも触れた上で、「成長は豊かさの必要条件だが十分条件ではない」として社会=「一人一人が自分の居場所が、そして活躍する舞台がある社会」の土台となる「共助の拡充」を訴えた。
掲げた所得倍増目標の具体的取り組みは、いかに実現するかが課題だし、規制の解放なども一定の弊害が指摘され政府がこれまでも躊躇してきた分野であるだけに、共助の拡充も含め、言うは易しと指摘されないような強靱な実行への意志が必要となりそうだ。
「守りから攻めへ」の決意と課題
続いてのセッションでは、「守りと先送りから攻めに転じるための、企業経営者の条件」についての議論が行われた。特に、経営者がリスクをとることの重要性、中小・小規模事業者をどう支えていくか、スタートアップ企業の重要性、人口減少時代におけるAIの活用などについて参加者の間で活発な議論が行われた。また、金利のある時代に突入したことを踏まえ、銀行などによる「デットガバナンス」を前向きに活用すべきだとの論点も示された。
この後、この日のスペシャルセッションに位置づけられたAIについての議論が行われ、AIをどのように企業の現場や経営に実装していくかや、雇用にどのような影響をもたらすかについて活発な議論が行われた。これについては、別稿で詳述したい。
赤沢大臣の「野武士」に会場から笑いが
2日目は、非公開で行われた哲学者との対話に続いて、成長実現の方策をめぐるセッションが行われた。まさに「令和の所得倍増計画」の核心部分だと言える。
冒頭、赤沢経済産業大臣からのビデオメッセージが会場に流された。この中で赤沢氏は、政府の成長戦略への取り組みとその成果を強調しつつ、経済同友会のメンバーを「野武士」と表現し、経済成長への貢献を呼びかけた。「野武士」という言葉には会場からは笑いが起きた。
経済同友会のメンバーたちは、名だたる大企業や新進成長企業の経営者であり、野武士というか一国一城の主や家老たちなのだが、赤沢大臣は、型にとらわれず積極的に議論し提言していく同友会の姿勢を強調し、エールを送ったのだろう。会場に歓迎と若干の戸惑いが交錯したような印象の中、野武士という言葉はこの後の議論でも複数回飛び出すこととなった。
そしてセッションは、岸田内閣で経済再生大臣を務めた、自民党の山際大志郎衆院議員が登壇しての議論に入った。山際氏は、日本の成長戦略として「国内投資の徹底的なてこ入れ」を最重視し、2040年までに官民で計370兆円の投資を行う高市政権の方針を強調。「危機管理投資」「成長投資」により、世界共通の課題解決に資する製品等を開発し、国内外に提供することで、所得を増やし、消費マインドを改善し、事業収益が上がり、税収が自然増に向かう「強い経済」の好循環を実現する意欲を示した。
その上で、高市政権の打ち出した17の戦略分野への巨額投資に関し、特にフィジカルAIと呼ばれるAIロボットなど、日本の製造業の強みを活かしたAI開発を推進する意向を強調した。このロボット産業については「米中に並ぶ第三極として世界シェア3割超の獲得を通じ、2040年に60兆円規模の市場規模のうち20兆円規模を獲得」「2040年までに1,000万台規模のAIロボットを国内導入」などの目標を掲げた。
これを受けて、山口代表幹事は、「投資の優先順位を変えられるかという企業改革」の必要性や、「国内投資を呼びこむ規制緩和をどこまでできるか」が成長のカギだとの認識を示した。そして「どうしたら投資は進むのか」をテーマに山際議員と出席者の議論が始まった。
住友商事副会長の南部智一氏は「予見性が必要」だとして、投資の入り口を官の側が作ること、投資の確実性を踏みしめられること、その投資が産業の柱になれる不可欠性、これらがないと大きなお金は動かせないと指摘し、投資には個別の設計図が重要だと強調した。帝人のシニアアドバイザーを務める鈴木純氏は、共助成長社会を目指す上で格差を広げる方に行くべきでないとの認識を示しつつ、投資して成長させた会社を切り離す際に大企業へのインセンティブが必要になるとの見方を披露した。
三菱UFJフィナンシャルグループ元会長の三毛兼承氏は、企業などの自助努力と、政府による規制緩和の組み合わせが大事だと指摘し、投資に見合った利益が出るための金融に関する規制緩和が必要だと訴えた。議論の進行役を務めたデロイトトーマツグループの松江英夫氏は「日本を魅力的なマーケットにできるか」が国内投資成功のポイントであるとした。
これらの意見を受けて山際議員は、これまでの30年はものづくりというハードから、サービス・ITというソフト分野にシフトした30年だったが、生成AIを実装するフィジカルAIの必要性が増したことで、ハード回帰の流れとなっており、ロボット技術を持つ日本と中国の強みが増していると指摘した。
松江氏も、投資成功のカギは「AIの実装力」だと主張し、三毛氏は金利のある世界は正しくリスクテイクした者が成長し勝っていく世界になったとして、銀行もリスクをとるべき局面に入るとの認識を示した。
さらにロッテホールディングスの玉塚社長がロボット分野での中国との競争の行方について問題提起すると、山際氏は「日本はそんなに負けないが、ヒューマノイドは米中が強い。お掃除ロボと、ファミレスの配膳ロボは中国製だ」と指摘し、経済安全保障の観点からそうした中国のAI実装ロボットには何らかの規制がかかっていく可能性を示唆した。その上で、日本はロボット市場の3割を目標とし、米国・中国との棲み分けも重要になるとの考えを示した。
一方、エネルギー面に関しては、経済同友会のエネルギー政策委員長を務める北野嘉久氏(JFEホールディングス社長)が、原発再稼働がポイントになると指摘し、山際氏もエネルギー分野も投資対象になると同調した。
セッションの結びにあたって山際大臣は、「日本はアニマルスピルッツが足りない。ここにいる人は野武士だ」と訴え、議論をしめくくった。アニマルスピリッツという言葉は、経済学的には古くから知られたワードで、経済同友会もここ数年使ってきた言葉だが、AI時代の経済成長にはより必要な概念なのかもしれない。山口代表幹事は、「ゴールは民も官も一緒だ」として、経済同友会として「野武士的に提案し実践していく」と強調した。
続いてのセッションでは、「民間セクターによる共助」をテーマに、オイシックス社長の髙島宏平氏が進行役を務め、浅野大介石川県副知事、小沼大地クロスフィールド代表理事、藤井輝男東大総長、井上ゆかりエマージア社長を中心に、公助の網から漏れる人を企業や市民の組織がどう救っていくかを議論した。ここでは、「越境」「対話」によって対立を乗り越えること、越境を活力にして価値を創造していくことの重要さが語られた。
そして最後のセッションでは、「社会の安定と政府の役割」をテーマに、人口減少・高齢化時代における社会保障とその財源のあり方、成長政策の痛みを被る層への支援策などについて議論が行われた。
このテーマの問題提起は土居丈朗慶大教授が行い、団塊ジュニア世代が高齢者となり高齢化率が2020年の28.6%から34.8%に跳ね上がる2040年の医療・介護費と財源を考える視点で前提を議論した。そして、かなりの高成長を実現しないと、医療介護費用を現時点での財源でまかなうのは難しいとの試算をもとに、現役世代以外も幅広く負担する消費税の長所が、必ずしも国民の理解を得られていないことなどが説明された。
進行役を務めたロイヤルホールディングス会長の菊池唯夫氏と土居氏の意見交換では、菊池氏が現状への危機感を前提に改革の方向性について問いただし、土居氏は、医療給付に上限を設けることには医療界から強い反対があり政治的にも難しいこと、消費税率をさらに上げることは現時点で考えにくいが、今後の政治動向次第で、医療・介護は保険料より消費税で賄うべきだという政治勢力が2012年の税と社会保障の一体改革の際のように強くなれば、税率上げも考えられるとの見解を示した。
また、給付付き税額控除と謳われながら税額控除が当面見送られることになった中低所得勤労者への給付措置については、「なぜ必要か国民が納得していない。政府ももっと丁寧な説明が必要だ。気の利いた説明がされていない」として、非正規雇用で低所得だった就職氷河期世代で既存の社会保障給付や生活保護などがもらえない層のための給付だと明確に説明すべきだとの意見が交わされた。
出席者との質疑では、「2040年の将来像は早く色々なことを考えていかないといけない。2020年代の後半には決めないといけない」との危機感が示されたほか、ドン・キホーテなどを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスの吉田直樹取締役は「食料品の消費税減税について経済学的に説明の仕方はあるのか」とズバリ迫り、土居氏が「これを正当化する議論をもちあわせていない。食料品は価格が上がっても下がっても需要に影響しない」と一刀両断する場面もあった
一方、菊池氏は、労働人口が減少する中での一つの課題解決策として、レストランチェーンのロイヤルホストでは、深夜営業をやめて営業時間を短縮し店休日を増やしたところ、従業員の接客が良くなり、逆に売上げが上昇した例が示され、事業規模を圧縮して価値を復元するという手法の効果を指摘した。
一連の議論の締めくくりとして、山口代表幹事は、供給制約、人口減、AIの進化への対応は避けては通れず、前提として再認識すべきだとの考えのもと、「日本国内のマーケットが大きくなっていく前提でやってきた仕事のやり方を本気で変えないと生き残っていけない。だから社会課題が増える」指摘し、「経済同友会でもこういうアクションが必要だと、議論し提言し実行していく形にしたい」と強調した。さらに「来年の夏季セミナーでは、みんながAIのエキスパートになり使いこなせている。それによって企業の風景が変わっていく」と、ジョーク交じりに出席者のAI対応力向上の奮起をうながし、共助成長社会実現への「果敢なチャレンジ」を呼びかけた。
セミナーを通じて、同友会の経営者たちの、共助成長社会を実現したいという強い改革意欲が見えた。一方で、その高い理想を実現するには、並々ならぬ決意と実行力が必要だと現実も垣間見えた。
また、高市政権が目指す食料品の消費税の1%への減税については、議論の中でも懐疑的な意見がにじんでいたが、会議の合間に話を聞くと、政策効果や市場への影響という観点で強い懸念を持っている経営者が多かった。山口代表幹事は、セッション後に記者団から消費税減税について問われ、こう答えた。
「オプションのプラスマイナスをメディアでしっかり発信してください、このオプションをとるとどんなメリットがあり、どんなリスクがあるのか、いろんな情報が出ている。それは全員に共有されないといけない、経済同友会もしっかり発信していきたい。消費税を下げるのをやめるなどありえないという声がトピックになったり、財源がどうなるか、円安になりもっと厳しくなるという可能性もある。ある一つの側面だけでなく、すべてをテーブルに出していきたい。それを国民のみなさんが理解して、決めたことのリスクをできるだけ少なくするという方向に進んでいくことが重要だと思う」
日本の必須目標である経済成長の加速と投資強化、そして高市政権がリスクを承知で実行しようとしている消費税の減税政策。経済同友会が今後、これにどのようにコミットし、共助成長社会という理想に近づけていくか、AIにも予想できないような化学変化を含む、前向きな展開を期待したい。
(フジテレビ経済部長 髙田圭太)
