佐賀市の夏の風物詩「さが銀天夜市」が今年も開幕しました。その歴史は約60年。開始当初の昭和40年代のにぎわいの様子を交え取り組みを紹介します。
佐賀市の夏の風物詩「さが銀天夜市」白山名店街や656広場で毎年この時期の土曜日に行われている恒例行事です。
【訪れた人】
「たのしかった」
「デメキンとリュウキンがとれてうれしい(家に)何匹もいるから仲間になってほしいな」
【さが銀天夜市実行委員会 南里芳明さん】
「小さいお子さんにたくさん来てもらって喜んでもらうのは本当にうれしいですね」
この日も金魚すくいや輪投げ、ステージでのダンスなど子供から大人まで楽しんでいました。
さが銀天夜市の始まりは昭和41年今から約60年前です。
サガテレビに残る最も古い銀天夜市の映像です。
華やかなパレードで祭りは開幕。
ステージではのど自慢大会やバンド演奏。
通りでは、セールや金魚すくいなどさまざまな催しが行われました。
老若男女問わずアーケードは人でいっぱいです。
【さが銀天夜市実行委員会 南里芳明さん】
「玉屋さんが今の656広場のちょっと北側にあったときにそれが今の場所に移るとなったのが始まりです」
もともと、街の中核となっていた佐賀玉屋の移転が決まり商店街のにぎわいが失われる危機感から始まりました。
神社や自治体ではなく、まちの商店街で作り上げたおまつりです。
昔の様子を知る人は・・・。
【訪れた人】
「私が小学校のときは、あちらのちょうど白山商店街で、そうめん流しとかあって、ものすごいにぎわってた銀天夜市が開催するときにパレードで、中学校で言うと吹奏楽だけど、まあ当時金管バンドで、ここの商店街を演奏していたりとかしたので、もう思い出深いところなので、今日はまた来ました」
【店員】
「やっぱり人がちょっと少なくはなってきてます。商店街の方が出してあるので、そこにお客さんが結構来てはいますけど」
かつては10倍から20倍ほどの店舗がずらりと並びイベントがないときでもにぎわっていたといいます。
【さが銀天夜市実行委員会 南里芳明さん】
「(当時は)そりゃ多かったですよ。アーケードも全部656広場まで繋がっていましたから行くのにちょっとごめんなさいごめんなさいと言って行かないといけなかったから、それくらい人出は多かったです」
このころのにぎわいを少しでも取り戻そうと商店街でつくる実行委員会が催しを続け、今年で59回目を迎えました。
【さが銀天夜市実行委員会 南里芳明さん】
「なんとか商店街を維持して頑張って、なんとかお客様に来てもらえないかなと思って、こうやって銀天夜市なんかもしてるし、その他にも年末年始とか催し物もやっている」
今年の期間は8月1日まで。
最終日には初めてとなるeスポーツのコーナーも設置します。
夏の風物詩は時代の変化に合わせながら挑戦を続けています。
【さが銀天夜市実行委員会 南里芳明さん】
「昔のようなにぎわいというのは、なかなか難しいですけど、少しでもお客様に来ていただけるような街になればいいなと」
