話題の映画についてです。現在公開中の「急に具合が悪くなる」。主演の2人がカンヌ国際映画祭で、最優秀女優賞を受賞しました。原作は、長野県安曇野市出身の人類学者・磯野真穂さんと、がんを患い42歳で亡くなった哲学者の女性との往復書簡をまとめた本です。磯野さんに、原作に込めた思いや映画を通して伝えたいことを聞きました。
■カンヌで最優秀女優賞 注目の映画
(予告編より)
「悪あがきしようよ、一緒に」
濱口竜介監督の映画「急に具合が悪くなる」。
主演した岡本多緒さんとヴィルジニー・エフィラさんが第79回カンヌ国際映画祭で最優秀女優賞に輝き、今、注目の映画です。
舞台はパリ。岡本さんが演じるがんを患う演出家と、エフィラさん演じる介護施設の施設長との交流を繊細に描いています。
(予告編より)
「余命半年って言われて、急に具合が悪くなるかもしれないって」
■原作者「切実さ宿る表情思い出す」
人類学者(安曇野出身)・磯野真穂さん:
「あのシーンを見た瞬間に初見で泣いてしまって。負担をかけないようにしてるけど、どこか切実さが宿った宮野さんの表情を思い出してしまうところがあった」
安曇野市出身の人類学者・磯野真穂さん(49)。
映画の原作者の一人です。
■原作は亡き哲学者との往復書簡
「急に具合が悪くなる」。映画と同じタイトルの原作。
がんと闘って亡くなった哲学者・宮野真生子さんと交わした20通の往復書簡を収めています。
(磯野真穂さん 1便より)
「『急に具合が悪くなるかもしれない』と医者から言われていると、宮野さんから打ち明けられたときのことを今でもよく覚えています。正直、驚きました。」
2人は2018年、福岡のイベントで出会い、往復書簡は、闘病中の宮野さんからの提案で始まりました。
■病気が悪化…交わし続けた『言葉』
「生と死」「別れと出会い」など。
哲学者と人類学者が約2カ月間、全力で『言葉』を交わし続けました。
痛みと死の恐怖。
病気が悪化する宮野さんに、磯野さんは、時にはこんな言葉もかけました。
(磯野真穂さん 7便より)
「宮野にしか紡げない言葉を記し、それが世界にどう届いたかを見届けるまで、絶対に死ぬんじゃねーぞ。」
磯野真穂さん:
「無理しないでいいよ、あなたの体が一番なんだからという言葉は優しいが、いやいやまだいけるよ、一緒に頑張ろうと背中を押してほしい時もあるんじゃないか。優しい言葉をかけるより、あえて暴力的な言葉を選んだところはあった。とはいえ、書いた後は寝られなかった」
■「生きるために言葉を紡ぐ」
(宮野真生子さん 8便より)
「いま、自らの病を語ろうとするなかでそのおぞましいまでの力を感じます。しかし、これが生きるということであり、そして、私は生きるために言葉を紡ごうとするのです。」
磯野真穂さん:
「(宮野さんは)日々、呼吸もままならない状況になって、その中でやはり8便ですよね。『私は最後までこの書簡を書ききるんだ』と宮野さんが返してくれた。これほどまでに人に衝撃を与えられる文章を送れるのかというすごみ」
2019年4月から7月まで、それぞれ10便の書簡を交わした後、宮野さんは42歳で亡くなる―。
磯野真穂さん:
「言葉って形がないので大体、消え去ってしまう。だけど磨き抜かれた言葉の中に魂がのった時、その言葉は死なずに残るんだと思う。2019年に作られた本に宿った命がいまだに生きていたからこそ、濱口監督に受け取ってもらえた」
■早世から7年…「ここまで来たよ」
その後、原作に心を打たれた濱口監督から映画化の話が舞い込みます。
宮野さんが亡くなって約7年後に公開された映画は、主人公を日本人とフランス人に置き換え、パリを舞台に新たな物語を展開しています。
磯野真穂さん:
「言葉が海を越えてここまで届くことがあるんだという驚き。紡いでいった縁の先に、カンヌ映画祭で上映されて、主演女優賞を取るという未来は想像を超えます。(原作の)フレーズだけを移植するのでなく、ここ(書簡)にある言葉がどう生まれてくるのかという土壌を見た上で、その土壌のエッセンスを濱口さんが持っている土壌に移し替えて、その上で作ってくれた映画だと強く実感したので、救われた気持ちになった」
磯野さんは濱口監督とともに、カンヌでの上映会に参加しました。
磯野真穂さん:
「(カンヌに)宮野さんの指輪を持って行って(宮野さんにかけたのは)『ここまで来たよ』っていう言葉ですね。言葉の可能性を感じさせてくれた映画化。そこに私が関われていたことは、これまで積み上げてきたものにも価値があったし、言葉にある種の命を宿すことが私も多少、できていたのかなと思う」
■地元で上映広がる「生きるヒント」
映画は県内5カ所で上映しています。
(※7月21日現在)
磯野さんが安曇野市出身の縁で、急きょ上映する映画館も出てくるなど、盛り上がりを見せています。
映画を見た人:
「自分が立ち止まって考える機会をくれる映画」
「人と人とのつながり。これからの生き方にヒントを与えてくれた」
「死を考えるって生きることを考えることと直結してるって感じさせられた」
■「42歳で終わった残りを引き継ぐ」
東京科学大学内にある磯野さんの研究室。
宮野さんが大切にしていたぬいぐるみや、宮野さんの写真が飾られていました。
宮野さんが最後の教壇に立った時の写真も―。
磯野真穂さん:
「宮野さんは道半ばで研究者、哲学者としての人生が終わって。私は大学の職に就いているので、その意味でも宮野さんが42歳で終わってしまった残りの分まで引き継ぐっていったら変ですけど、(これからも)やるべきことをやれたらとは思ってます」
■「きれいなことも起こる世界」
映画を通して伝えたいことは―。
磯野真穂さん:
「この映画は映像もストーリーもきれいで、見る人にとってはきれい事と捉えられるかもしれません。でも、きれいなことがたまにあった世界の方が幸せじゃないですか。映画も原作も、世界にたまに起こるきれいな瞬間を描いているので、きれい事だよ、ではなく、きれいじゃないこともたくさんある社会だけど、こういうきれいなことも起こる世界に私たちは住んでいるし、そういうことを起こせる一人でありたいし、あれるよねと思ってもらえたらうれしい」
