原爆により日本で亡くなったアメリカ人の遺族が、先週、広島を訪れ、慰霊の旅をしました。
広島での交流から、私たちが今、受け取るべきメッセージを考えます。

【故・森重昭さんの妻 森佳代子さん】
「I’m Shigeaki Mori wife Thank you so much」
(私は森重昭の妻です、ありがとう)
「I’m so greatfui」「He is very special」
(彼は私にとって特別な存在です)

初対面にも関わらず、感慨深く、交流するアメリカ人と日本人。
傍らには、1人の男性の写真がありました。
今年3月に亡くなった森重昭さん。
10年前、現役のアメリカ大統領として初めて平和公園を訪れたオバマ元大統領に抱擁された人物です。

森さんは、広島で墜落し捕虜となったアメリカ兵が、原爆で犠牲になった事実を突き止めました。
さらに一人でアメリカに住む遺族を探しては連絡をとり、その事実を知らせ、追悼平和祈念館に12人の遺影を40年かけ登録してきました。

【故・森重昭さん】
「本来これは国がやらないといけないことだけれども、せめて追悼してあげようと」

この日、亡くなった森さんの妻佳代子さんの元を訪ねたのはアメリカ兵の遺族、ロバート・タタロヴィッチさんと娘のヘイリーさん。

【ロバート・タタロヴィッチさん】
「This is my mother this the pilot」
(これが母です。これが亡くなった機長(のジョセフ・E・ダビンスキーさん)

タタロヴィッチさんは伯父で、母の兄にあたるジョセフ・E・ダビンスキーさんを原爆で失いました。
B24爆撃機タロア号の機長だったダビンスキーさんは、今の広島市西区で墜落し捕虜となり、原爆で亡くなりました。

しかし、アメリカ政府はその事実を隠し、家族には、「日本上空で行方不明での死亡」と伝えていました。
【ロバート・タタロヴィッチさん】
「This is business FAX Mr.Mori send my family」(これは森さんが私の家族に送ってくれたFAXです)
【森佳代子さん】
「すごい残ってる」

1999年、森さんは、ダビンスキーさんの家族を探しだし、原爆で亡くなったことを伝えました。
最初は信じなかった家族も度重なる連絡に事実だと確信しました。

一行が訪れた追悼平和祈念館。
そこには…。

森さんが登録したダビンスキーさんの遺影がありました。
「森さんのおかげで私の家族の歴史が変わりました」
森さんの長年の努力が報われた瞬間でした。

被爆者でもあった森さんは…。
国が起こした戦争の犠牲になるのは、敵も味方もなく一般市民で、その人を思う家族がいることを想像し、生涯をかけ活動を続けました。

ダビンスキーさんの運命を変えたタロア号の墜落現場にも足を運びました。
出迎えたのは窪田正義さん。
窪田さんは、13歳のとき、墜落を目撃していました。

【窪田正義さん】
「子供心に見たい一心で走って見に来ました」
「機体の一部です」
窪田さんはタロア号の機体を拾い保管していました。
これをきっかけに森さんと出会い、調査に協力していました。
「何十年たっても家族の方にお返ししたい一心だった」

【ロバート・タタロヴィッチさん】
「これは歴史であり、今まさに歴史の一部になっている」

森さんは、米兵たちが原爆で亡くなった場所に、自費で慰霊の銘板も設置していました。

【森佳代子さん】
「これがダビンスキーさん。この人です」
【ロバート・タタロヴィッチさん】
「言葉もないです。彼の愛情に言葉も見つからない」
【森佳代子さん】
「これだけのことを調査してきてその一念は、ご遺族に自分が知ったことを知らせたいそれだけのこと。本当はきょう重昭本人がここにお連れしたかったととっても思います。一番残念なのは本人だと思います」

「次世代へ森さんの平和への思いをつなぎ、共有していく」
タタロヴィッチさん親子はそう言葉を残し、旅立ちました。

テレビ新広島
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