徳川家康をまつる愛媛県松山市の神社が、115年ぶりに「松山東照宮」として家康ゆかりの名前「東照宮」に再び改められたことを神前に報告する神事「奉告祭」が、7日に営まれました。徳川宗家の19代当主の参列しました。
松山市祝谷東町の「松山東照宮」は、松山藩主徳川家康をまつるため松山藩第13代藩主・松平勝成によって幕末の1865年に建立され、学問の神様として知られる菅原道真を合祀することに伴い、1910年に「松山神社」に改称されました。しかし、この神社を家康ゆかりであることを後世に伝えようと去年12月、115年ぶりに元の名前の「松山東照宮」に改められました。
「松山東照宮」では、お披露目にあたる「奉告祭」が営まれ、徳川宗家19代当主の徳川家広さんをはじめ、氏子や地域の住民らが参列。神職が厳かに祝詞をあげて、社名の変更を神前に報告したあと、参列者が玉串をささげて神社の新たな門出を祝いました。
「東照宮」は徳川家康を祭神として祭る神社。松山藩久松松平家の初代当主・定行は建てられなかったことを「一生の不覚」と悔いていたとされ、8代当主の定静は建築資材を集めていたものの、その後にどうなったかは不明としています。
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