水俣病が公式に確認されてから1日で70年です。犠牲となった方々に祈りを捧げる慰霊式が執り行われました。また、30日に続いて、石原 宏高 環境大臣と被害者団体との懇談が行われました。
(寺田 菜々海アナウンサー)
水俣湾を臨む慰霊碑の前で水俣病犠牲者慰霊式が執り行われました。5月1日は水俣病で亡くなった方々の御霊に祈りを捧げ、『同じ過ちを繰り返さない』と誓う日ですが、同時に今も苦しむ被害者の方々が環境大臣や知事などに直接、思いを訴える機会でもあります。
式には遺族、国や熊本県、原因企業チッソの関係者など780人が参列。献花台に花を手向け、犠牲者を悼み、患者・遺族を代表して、水俣病資料館語り部の会の会長で、緒方 正実さんが祈りの言葉を捧げました。
【患者・遺族代表 緒方 正実さん】
「水俣病は今もなお差別や偏見、そして救済問題など簡単に終わることのできない重大な出来事です」
水俣市で建具店を営む緒方さんは公式確認の翌年、芦北町女島の網元の家に生まれました。家族・親戚約20人が認定患者で、自身も高濃度のメチル水銀暴露を受けましたが、認定申請を4度棄却され、行政不服審査請求での逆転裁決を経て、2007年にようやく患者として認められました。
認定後は語り部となり、約20年間にわたって、水俣病の教訓を語り続けています。
【緒方さん】
「私が思う真の解決とは全ての人たちが起きた出来事と向き合い、心からの反省をし、教訓をつなげることができた時だと思う」
また、小学生は「今も水俣病の症状や差別に苦しんでいる人がいることを絶対に忘れてはならない」と祈りの言葉を捧げました。
【水俣市立久木野小学校6年 吉田 泰(たい)さん】※「吉」は「土」
「僕たちは誓います。正しく学び、正しく行動して差別や偏見のない誰一人取り残さない社会をつくっていきます」
一方、初めて参列した石原 環境大臣は・・・。
【石原 環境大臣】
「水俣病の拡大を防げなかったことを改めて衷心よりおわび申し上げます」
また、木村知事は・・・。
【木村 知事】
「被害者やご家族が住み慣れた地域で安心して暮らしていただけるよう、きめ細かな支援を続けてまいります」
原因企業チッソの山田 敬三 社長は慰霊式後、報道陣の取材に対し、次のように述べました。
【チッソ 山田 敬三 社長】
「認定患者の皆さんに対する補償責任、当社の責任をしっかり果たすということを改めてお誓いした」
一方、鹿児島県との県境近くにある乙女塚では、第一次訴訟の原告らでつくる『水俣病互助会』が独自で慰霊祭を営みました。
乙女塚は、水俣病の犠牲となった全ての生き物の御霊をまつり、祈りの場としようと1981年に造られ、慰霊祭は46回目。胎児性患者の坂本 しのぶさんなどが哀悼の祈りを捧げました。
【坂本 しのぶさん】
「知事と大臣と会ったけど、会っても同じだなと思った。何べんも何べんも同じことを言うけど、全然変わりません」
【水俣病互助会 岩本 昭則 会長】
「70年・・・今だ終わっていない。早く解決して笑いたい。大臣や県に言っても『検討中』『ヘルパーさんがいません』の繰り返し。ちゃんとしてもらいたい」
【後藤 祐太アナウンサー】
「大臣と被害者団体との懇談2日目です。療養手当の増額など医療と福祉の拡充を要望する予定で国はどのような姿勢で臨むのでしょうか」
石原 大臣は1日、おととしの懇談でマイクの音を切られた松崎重光さんなど2つの被害者団体(『水俣病患者連合』『水俣病被害者獅子島の会』)と懇談。
マイクオフ問題について「不適切だった」と改めて謝罪。
被害者団体が認定患者の療養施設『明水園』に未認定患者も入所できるよう受け入れ態勢の構築や今年度から増額された療養手当のさらなる増額などを求めました。
【石原 環境大臣】
「医療手当を拡充したが、不十分だという話は聞いている。今年度上げても足りない、来年度もし上げても足りないなどあれば言っていただいて検討したい」
一方、4月の実務者協議で環境省の職員から「他の公害患者と比べて水俣病の患者は恵まれている」という趣旨の発言があったことが明かされ、石原大臣が謝罪する一幕もありました。
【水俣病患者連合 松崎 重光 副会長】
「70年の節目だからきちんとしなきゃと口では言うけど、実行力があればいいと思ってい.る」