腎臓がん、そして全国でも数例という難病。体重は20キロ以上落ち、右目の視力を失った。それでも2026年3月、島根・松江市に石臼挽き十割そばの店「雅月(まさげ)」を開いた男性がいる。「自分がこの世でやり残したこと、美味しいそばを皆さんに提供したい」――安部剛さん(62)の挑戦が、松江の地で始まった。

「やみつきになりそう」――松江にオープンした十割そば店

「石臼挽き十割そば 雅月ーまさげー」(島根・松江市)
「石臼挽き十割そば 雅月ーまさげー」(島根・松江市)
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2026年3月3日、松江市に「石臼挽き十割そば 雅月ーまさげー」がオープンした。その名の通り、小麦粉などのつなぎを一切使わず、そば粉と水だけで仕上げる「十割そば」が看板だ。石臼でそば粉をじっくりと挽き、打ち上げた麺はしっかりとした歯ごたえが特徴。

しっかりとした歯応えが特徴の十割そば
しっかりとした歯応えが特徴の十割そば

来店した客からは「美味しいです。やみつきになりそう、冗談抜きで」「十割ってなかなかあるようでない、なのでとっても美味しいです」と、早くも評判を呼んでいる。

9年前にうどん店「安菜蔵(あなぞう)」を開店
9年前にうどん店「安菜蔵(あなぞう)」を開店

店主の安部剛さんは、うどんが人気の姉妹店「安菜蔵(あなぞう)」のオーナーでもある。もともとは工務店を経営していたが、9年前に飲食業へと転身。野菜を自ら栽培し、ヤギを飼い、うどん店でありながらスイーツにも力を入れるなど、自由な発想で安菜蔵を人気店へと育て上げた。

コロナ禍乗り越え夢だったそば店開業も…2度の病に襲われる

2022年 そば作りに挑戦
2022年 そば作りに挑戦

6年前、新型コロナウイルスの感染拡大が外食産業を直撃した。安部さんもその打撃を受けたが、あきらめることなく打開策を模索。以前から夢だったそば作りに挑戦し、うどん店の夜メニューや、キッチンカーを使った移動販売で経験を積み重ねた。

こだわりの歯ごたえのあるそばが完成
こだわりの歯ごたえのあるそばが完成

「ずっと何年もかかってやっていって、やっと切れない歯ごたえのあるそばが出来るようになりました」

2025年にそばの専門店をオープンさせようと準備を進めていた、まさにその矢先だった。

2025年2月、いつもと違う体のだるさを感じ病院へ。診断は腎臓がんだった。「最初言われたときは嘘だろうと、絶対自分は"がん"になるはずがない」。転移を防ぐため左の腎臓を摘出し、再び仕事に戻ろうとした安部さんを、さらなる試練が待ち受けていた。

全国でもわずか数例の難病、右目の視力を失う

全国でもわずか数例の難病
全国でもわずか数例の難病

手術から半年ほど経ったころ、今度は吐き気と激しい頭痛が安部さんを襲った。診断は「黄色肉芽腫(おうしょくにくげしゅ)」。自然治癒するケースもあるが、安部さんの場合は眼球と脳の間に腫瘍が見つかり、全国でもわずか数例という難病だった。

約10時間の大手術を受ける
約10時間の大手術を受ける

体重は20キロほど落ち、右目の視力を完全に失った。一度は死を覚悟したが、大阪の病院で約10時間がかりの手術を受けた。そして腫瘍は一部残ったものの、左目の視力は守られた。

「朝起きると、いつも夢じゃないかと思って、目が見えない…。俺に限ってそんなこと絶対に無いと思っておったんですけど」

2025年12月に退院し松江へ戻ったが、当初は歩くことすらままならない状態だったという。

「崖っぷちに立つと火事場の馬鹿力」止めない歩み

ヤギに餌をあげる安部さん
ヤギに餌をあげる安部さん

それでも安部さんは止まらなかった。「やることがいっぱいあるので、そば屋、畑、ヤギの世話、一日も休まず今日になります。崖っぷちに立つと火事場の馬鹿力」。半ば無理やり体を動かし、3月のオープンにこぎ着けた。

遠近感がつかみづらく苦労もあるが・・・
遠近感がつかみづらく苦労もあるが・・・

今も課題は多い。右目を失ったことで遠近感をつかみにくくなり、「手元の距離感がいる仕事は、切ったつもりが切ってなかったり…」と作業に苦労する場面もある。腎臓の摘出により塩分の摂取制限もあるため、味見ひとつにも細心の注意が必要だ。

 
 

それでも安部さんの言葉は前を向いている。「自分があとどれだけ生きられるか、不安だし寂しいけど生き方が変わった。片目はまだ見えますし、腎臓ももう一個あるし、動ける間は頑張って打って、出汁をとって、お客さんにご提供できればと思っています」

松江のそば文化を次世代へ 夢は「店を誰かに引き継ぐこと」

夢は「店を誰かに引き継ぐこと」
夢は「店を誰かに引き継ぐこと」

安部さんが語る夢は、いつか誰かに店を引き継いでもらうことだ。「80歳、90歳になっても麺を作り続けるぞという思いでいたんですけど」とかつての言葉を振り返りつつも、今は一日一日を全力で生き、松江のそば文化を次の世代へとつなごうとしている。

前を向いて全力で働く日々
前を向いて全力で働く日々

「生きた証、挑戦してみたかった。毎日が人生最後の日だと思ってやってきてる」

1人でもおいしいと喜んでくれる客がいる限り、安部剛さんの石臼は回り続ける。

(TSKさんいん中央テレビ)

TSKさんいん中央テレビ
TSKさんいん中央テレビ

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