『帰ろう山古志へ』というキャッチフレーズのもと、中越地震からの復興を果たした新潟県長岡市の山古志地域。地震から20年以上が経過し、当時、復興を支えた世代は高齢になる一方で子どもの数は減少している。そんな山古志に子どもたちの声を響かせようと奮闘している男性がいる。山古志の未来を思うその活動を取材した。
山古志地域に子どもたちを!古民家を交流の場に
3月14日、新潟県長岡市の山古志地域で子どもたちと古民家のリノベーションを行っていたのは、山古志出身で現在、神奈川県に住む星野寿樹さん(39)。
「4月25日に向けてリニューアルでリノベーションをやっているが、今のところは順調。やっぱり楽しんでやってくれるので、こちらも楽しみながらやっている感じ」
星野さんがこの古民家を使って取り組んでいるのが、外国人の先生などから英語を学べる山古志英語学童・通称『エイガク』だ。

25年4月に始まったエイガクは毎週土曜日に開催。本場の英語を学べるだけでなく、コメや野菜づくり、バーベキューなどを通して山古志の誇る大自然も満喫できる。
地域外の子どもをさらに呼び込もうと、26年1月から教室に使っていた古民家をクラウドファンディングも活用しながら宿泊ができる施設にリノベーションしている。
参加している子どもからは「(エイガクは)色んな人に会えるから楽しい」「英語を学んだり、たまに料理できるから楽しい」「(リノベーションして)新しいきれいな建物になってほしい」などの声が聞かれた。

この日、手伝いに来て元気な声を響かせていたのも山古志の地域外に住む子どもたち。
「かつては小学校が5つあった。小学校もいっぱいあって、子どもも減っているという感覚はなかったが、“地震”で一気に村から出なくてはいけなくなって、その時間が長く続いていたというところから戻るのが難しくなって、それで今に至っている」と星野さんが語るのは、2004年10月23日に発生した中越地震について。
全村避難の中越地震から20年以上経過…少子高齢化進む
中越地震では、最大震度7を観測し、特に被害の大きかった旧山古志村では約2200人の村民全員が村の外に避難。
3年後には、その7割にあたる約1400人が戻ったが、地震から20年以上が経過し、現在の山古志地域の人口は700人あまりにまで減少。
2004年当時、260人以上いた18歳以下の子どもの数は40人を下回り、人口の半数を超える約400人が65歳以上の高齢者となっている。
地震後、地域の復興のため一番に集落に戻り、理容室を再開した星野吟二さんは78歳、妻・サツ子さんは77歳になった。
サツ子さんは「癒やしだし、希望だからね、子どもの声というのは。だから、子どもの声が聞ける村であってほしいと思うけど」と話す。
復興を支えた世代が高齢になり、そのバトンを引き継ぎ、地元に住みながら地域の活性化に取り組んできた現役世代も地域に子どもの声が響くことの重要性を訴える。
小さな山古志楽舎を運営する長島忠史代表は「どうしても人数が減っていって、色んな活動が鈍化していっている時期ではあるので、子どもの声は大人の『やるぞ』という力に変えてくれるというか、『やってやろう』と思えるというか」と語る。
「なんとかしよう」ふるさとのために立ち上がった星野さん
こうした中、少子高齢化が進むふるさとの未来を変えようと24年に立ち上がったのが、山古志を離れていた星野寿樹さんだった。
地震から20年の節目を迎えた2024年、星野さんは山古志に地域外からも子どもたちを呼び込もうとデイキャンプを企画していた。
「自然を走り回りながらやれているというのは、すごく特別な環境なんじゃないかと思う。人が多いエリアではできないこともいっぱい楽しめた。良いところをいっぱい見てほしいなとか、色んな人に知ってほしいなとか、魅力的な場所にしていきたいというのが今後の目標」
この活動の根源にあるのが、高校3年生の時に被災した星野さんを支えてくれた大人たちへの感謝の気持ちと、高校卒業後に山古志を離れたことで見えたふるさと存続の危うさだった。
2007年の成人式のとき、「自分の夢を達成させて、その後にこの地でお世話になった人に恩返しをしていけたら最高だなと」と語っていた星野さん。
大学卒業後、中学校からの夢だったパイロットとなった。
忙しい日々を過ごす中、小学校閉鎖の話などを家族から聞く度に地元への思いが募ったという。
「なんとかしようというのは、むしろ村から出て、客観的に見えるようになってから余計に感じるようになった気はする」
そして、初めて企画したデイキャンプを足がかりに、子どもたちの声が響く集落を取り戻そうと始めたのがエイガクだった。
山古志に響く子どもの声 多くの人に支えられながら理想の未来へ
そんな星野さんを支えるのが、星野さんの父で元大工の益一郎さんだ。
「毎週、毎週、東京から毎週土曜日に来ている。でも、それはなかなかできることではないと思う、いくら自分のふるさとと言っても。すごくうれしいなと思うし、自分の子どもだけど、それはすごいことだなと思う」
そして、エイガクの現場責任者・猪俣謙太郎さんもデイキャンプのときから星野さんを支えてきた。
猪俣さんは星野さんについて「すごく一生懸命やってくれているので、引き続き、一緒にやっていきたい。星野さんは山古志の大谷翔平だと思っている」と評する。
多くの人に支えられながら少しずつ歩みを進める星野さんの活動。少子高齢化が進む山古志にいま、子どもたちの元気な声が響き始めている。
「私はずっと生まれてからここで育っている人間なので、私も、ここがさびれていくのは寂しい。子どもは欠かせない。宝だから」と話す益一郎さん。

星野さんは「今回はこれで宿泊もできるような場所にしていく。そうすると、日帰りしかできなかったような立地だが、それが遠方から、関東とかからも来て、何泊かして、この山古志の自然と英語の先生たちと楽しく過ごすというような場所にして、より盛り上げていきたい」と今後を見据える。
便利な暮らしや効率化が求められ、中山間地の復興のあり方なども問われるいま、星野さんの思い描く山古志の未来には子どもたちの笑い声が響いている。
