帝京長岡が初めて立った甲子園の舞台。そのグラウンドには、公式戦で初めて帝京長岡のユニホームを着て立った選手がいた。新3年生の川村光翼だ。川村が今回の甲子園で抱いた思いとは…
“帝京長岡”北信越大会で快進撃!初の甲子園出場
春・夏を通じて初めて甲子園に出場した帝京長岡。
昨秋は北信越大会で快進撃を見せ、小松大谷や星稜など甲子園常連校を撃破。決勝では日本文理と史上初の新潟県勢対決を制して、北信越王者に輝いた。
その後に出場した明治神宮大会では、四国王者の英明(香川)に敗れたものの、チームは、全国大会で戦う手応えを感じていた。
今冬は大雪に見舞われたが、鈴木祥大主将は「全体的に投手も打撃も守備も全体的にやってきたが、キャンプに行ったことで早めに実戦感覚を補えたというのは大きかった。雪が降る地域だが、実戦感覚を身につけることができた」と実戦練習を積んで春のセンバツ大会に乗り込んだ。
転校後“初の公式戦” 母親も見守る中2度目の甲子園へ
そして、迎えた初戦。東北大会ベスト4の宮城県・東北高校と対戦した。
この試合、3番ライトで先発出場したのが、昨秋の快進撃をスタンドで見守っていた新3年生の川村光翼だ。
実は川村、高校1年生の時に千葉県の強豪・木更津総合で1年生ながら夏の甲子園でベンチ入り。その後、帝京長岡へ転校し、新天地で再スタートを切った。
だが、高野連の規定では、転校から1年間は公式戦に出場できないため、今回初めて帝京長岡の選手として公式戦に出場したのだ。
川村としては2度目となる甲子園。
スタンドから息子の姿を見つめていた母の悠貴子さんは「今まで色んな人に感謝の気持ちを込めて試合に臨んでほしい。今までの思いを全部、全力で出し切ってほしい」と話した。
序盤に4点のビハインド…チームが苦しむ中放ったヒット
チームとして初の大舞台は序盤から試練を迎える。
エース・工藤壱朗の制球が安定せず、序盤に4点のビハインドを負った。

川村も東北の投手陣に抑えられ、ヒットを打つことができない。それでも、仲間が連れてきてくれた夢舞台…9回2死の場面で川村に打席が回ってきた。
その5球目、ライトへ放った打球はこの試合チーム4本目のヒットとなった。

後続が続かず、帝京長岡は1-4で敗れたが、最後の夏に向けて貴重な経験を積めたようだ。
「3回目の甲子園は自分が連れて行く」
試合後、川村は「1回目は先輩に連れて行ってもらって、2回目は今回みんなに連れて来てもらった。絶対3回目の甲子園は自分が連れて行けるように、その気持ちは曲げずに練習を頑張って、夏勝てるように頑張る」と前を向いた。

一方で、自身の決断を見守ってくれた親に対しては「自分迷惑しかかけていないので、親に会えていないし、しっかり感謝の気持ちを伝えたい」と話した。
センバツ甲子園での経験をどう夏の大会に生かすのか…すでに帝京長岡ナインは夏に向かって歩み始めている。
