ミラノ・コルティナパラリンピック日本代表、名古屋市出身のスノーボーダー小栗大地選手(45)。右足を失う事故を乗り越え、今も進化を続けるメダル候補です。復活までの歩みと、世界に挑む覚悟を追いました。
■雪山を疾走するパラリンピック代表
雪山を疾走する男性。ミラノ・コルティナパラリンピック日本代表・小栗大地選手は、右足大腿切断のスノーボーダーです。2026年1月のワールドカップで優勝を飾るなど、45歳となった今もなお進化を続けるパラリンピックのメダル候補です。

小栗選手:
「義足でもスノーボードはできるし、いろんなことができる」
小学5年生のときにスノーボードを始め、20代の頃はプロスノーボーダーとして活動していましたが、夢を諦め企業に就職。しかし、32歳の時。

小栗選手:
「働いていた工場で、不注意で落とした鉄の束が右足の上に落ちてきて、その場で脚が取れている状態でした。救急車を待つ間に、義足になるのかな、でもスノーボードはできるんじゃないかなと想像していました」
救急車を待つ間に、小栗選手はある知り合いのことを思い出していました。

小栗選手:
「20代の頃に、三澤拓という片足のスキーヤーと知り合って、彼の滑りを見て本当にすごいなって」
5大会連続パラリンピック日本代表。片足のアルペンスキーヤー・三澤拓さんは、足を失って真っ先に連絡を取った人物です。
三澤さん:
「落ち込んで連絡をしてきた感じではなく、『スノーボードまたできるかな』みたいな感じだったので。僕も深く考えずに『多分できるんじゃない』みたいな会話をしました」

三澤さんは6歳で交通事故に遭い脚を失いました。「大人になってから脚を失うのは本当に難しい。それでも淡々と挑戦を続ける小栗選手は、純粋にすごいと感じていた」と話します。
■復活への道と進化
事故から5年後の2018年、平昌パラリンピックで三澤選手とも雪の上で劇的な再会となりました。続く2022年の北京パラリンピックではメダルが期待されましたが、クロス5位・スラローム7位と悔しい結果に終わりました。

小栗選手:
「北京で成績を残せなかったので、トレーニングなどを一から見直してきた4年間でした」
北京の後に通い始めたのは、ともに看護師資格を持つ夫婦が営むジム「ビヘイビアチェンジフィットネス」。夫の荒木裕也さんは弱点を強化し、体を整えるトレーニングを指導します。

妻の昌代さんは、本来人間が動物として持っている機能を鍛えるアニマルフローのインストラクターです。
昌代さん:
「小栗選手は『できない』『やれない』とは絶対に言わない」
1時間、全身運動で鍛え上げます。

裕也さん:
「自身が探求心をもって、いろんなトレーニングを積極的にされるので本当にすごい」
小栗選手:
「スノーボードは体を使えていないと棒立ちになる。トレーニングへの意識が変わって、今が一番状態がいい」
■仲間と挑むパラリンピック
日本代表チームのキャプテンも務める小栗選手。北京大会よりもチーム全体のレベルは上がっているといいます。
小栗選手:
「特に小須田潤太はメダルが期待できる。ライバルであり仲間」

小須田潤太選手(35)は、小栗選手と同じ大腿義足の選手です。互いを高め合える間柄であり、メダル争いのライバルです。
小須田選手:
「義足や体の扱い方などすごく通じる部分がある。お互いに刺激し合いながら、成長し合えている」

2人が使うのは、自費で購入した150万円するアメリカ製の競技用義足。空気圧と油圧で膝とかかとの部分が可動する仕組みで、雪質やコースに合わせてベストな状態を探ります。
小須田選手:
「義足もボードも、たくさんいじれるところがある。その組み合わせは無限なので、いかにベストな状態にしていくかを2人で話し合いながらできるのはでかい」

元木勇希コーチ(34):
「小須田さんがあおって、『はい、はい』って大地さんが受け流すみたいな。年は離れているけどバチバチのライバル。見ていて面白いです」

競技は2種目。単独滑走でタイムを競う「バンクドスラローム」と、4人同時に滑り順位を競う「スノーボードクロス」。 特に相手と競うスノーボードクロスは、先行するのが勝負の鍵。小栗選手は、合宿ではスタートの練習に多くの時間を費やしました。
小栗選手:
「単純に楽しい。もっと上手くなりたい。夢中になるものがあると、あまり不安とかは考えない」
「うまくいかないとき、ここを乗り越えたら進化できると思うと、うまくいかない時間が楽しくなる」と語ります。

そして、あえて義足を隠さずに滑る理由。
小栗選手:
「義足の存在を知ってもらいたい。脚を失っても普通に生活できる。もしそういうことがあっても、落ち込まず前向きに進んでほしい」
雪上で進化を続ける45歳の挑戦は、世界の頂点へと向かっています。
