東京電力福島第一原発事故から、3月11日で15年。廃炉作業は燃料デブリの取り出しが当初の予定から大きく遅れ、完了時期の見通しも厳しさを増している。一方、周辺地域では復興が進み移住者が増加するなか、元々の住民との交流が生まれにくいという新たな課題も浮上。事故後の「帰還」より「移住」が上回る自治体もある今、廃炉の現在地と地域コミュニティの現場に迫った。

タンク1000基の解体作業

2月19日、午前5時過ぎ。
取材班は福島県富岡町から東京電力の車両に乗り、福島第一原発の構内へと向かった。

道路の上に設置された線量計は、福島第一原発に近づくにつれて徐々に数値が上がっていく。

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夜明け前、福島第一原発では建物に横付けされたバスから、この日の作業にあたる人たちが次々に降り立ち、施設内の建物に入っていった。

午前6時になると、施設内の広い部屋に作業員が集まり、ストレッチ体操が始まる。屈伸や前屈など、体のいたるところを伸ばしていく。

さらに、マスクを引き上げた隣の作業員を、ちらり。あごひげが生えていると、マスクが浮いて内部被ばくにつながる恐れがあるため、チェックするのだという。

現場の作業員の6割から7割は、福島出身。「少しでも地元の復興に貢献できれば」「復興に力をいれていく」という声が聞かれた。

この日行われたのは、放射性物質を処理する途中の水を貯めていたタンクの解体。

2023年8月に海洋放出が始まったため、タンクの内部は空。その解体作業が行われている。

施設内のタンクはおよそ1000基。すべて解体するのに、かかる時間を考えると気が遠くなるような作業だ。

すでに撤去されたタンクの跡は、丸い形に茶色く変色していた。

これから取り壊すタンクは、作業で火花が散ってしまうため、黒い布をかぶせて養生していた。

内部は作業車を使わなければならないほどの高さで、いかに大量の水を貯めてきたかが分かる。