“オウムの申し子” 刑を執行された井上嘉浩死刑囚 「麻原を信じたことが罪のはじまり」

カテゴリ:国内

  • 死刑執行された井上嘉浩死刑囚は25歳で教団幹部に。裏の実行部隊「諜報省」のトップ
  • 地下鉄サリン事件では、サリンをまく実行部隊のとりまとめ役
  • 支援者に出した手紙「麻原を信じたことそのものが罪のはじまりであり、全ての罪の責任は私にあります」

25歳で教団幹部…裏の実行部隊のトップ

かつて「オウムの申し子」と呼ばれた男。
地下鉄サリン事件などあわせて10の事件で死刑判決を受けた、オウム真理教元幹部・井上嘉浩死刑囚だ。

1969年、京都市に生まれた井上死刑囚は、高校時代に教団の前身「オウム神仙の会」に入信。
松本智津夫死刑囚の寵愛を受け、25歳の若さで教団幹部の地位に上りつめた。
松本死刑囚から、釈迦を守るため最後まで行動をともにした伝説の聖者「アーナンダ」のホーリーネームを授けられた。

教団内では、裏の実行部隊「諜報省」のトップを務め、盗聴、誘拐、襲撃など、オウム真理教のダーティな部分を担ってきた。
地下鉄サリン事件では、サリンをまく実行部隊をとりまとめる役割を果たしたとされる。

96年3月。初公判前、井上死刑囚はオウム真理教を脱会した。

一審では無期懲役の判決を受けたが、その後、二審で「総合調整といえる重要な役割」と指摘され、逆転の死刑判決を受けた。井上死刑囚は上告したが、最高裁が棄却し、2010年に死刑が確定した。

井上死刑囚からの手紙

今年3月に東京拘置所から大阪拘置所に移送された井上死刑囚。
移送前、支援者に出した手紙にはこう綴られていた。

「麻原を信じたことそのものが罪のはじまりであり、全ての罪の責任は私にあります」
「今死刑囚として罪と死に向き合っています」
「死と向き合うほど、どれほど生きていることそのものが、かけがえのないものなのか、しみじみと感じます」
「オウム事件の全ての責任を自覚し、二度とこのような事件が起きないように、ほんの少しでもできることに努めていきます」

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