テレビ新広島、放送50年の歴史の中から、あの日のニュースを振り返ります。
今から33年前の1993年2月3日、鳥取県の大山で消息を絶った広島市の登山家が74時間ぶりに自力で下山しました。
1月31日、日帰りの予定で大山に登った「広島山の会」のメンバー5人が消息を絶ちました。
2日後、捜索隊が山小屋で4人を発見しましたが、そこにベテランクライマー高見和成さんの姿はありませんでした。
【「広島山の会」のメンバー】
「板状雪崩といいまして、これくらいの雪崩にスッと乗った状態で滑落したということです」
3日後、天候が回復しヘリコプターで捜索しましたが手がかりはなく…。
【広島山の会・平田恒雄会長】
「生存の可能性は99.9%ないと思いますので、家族の方には一応絶望ですと伝えてあります」
誰もがあきらめたその頃、大山のふもとの牧場に一人の男性が現れました。
高見さん、その人でした。
ベテラン登山家は類まれな精神力と登山技術で雪崩から脱出。
食料がない中、3日間、沢を伝い、自力で下山したのでした。
【高見和成さん】
「ちょっとした油断、ミスのために多大な方にご迷惑をかけ非常に反省しております」
(メモ)
高見和成さんは、この奇跡の生還から5年後の1998年2月、同じ大山で氷の壁から滑り落ち死亡しました。高見さんの会社の上司で山友だちの圓田慶爾さんは「山が好きな男だった。同じ大山で亡くなるなんて残念でなりません」と涙ながらに話しました。