福島県の山間部に位置する葛尾村。震災・原発事故で全村避難を経験した村が、今アーティストの移住促進という新たな取り組みで活気を取り戻しつつある。「シンプルな生活がしたい」という思いで移り住んだ音楽家から、短期滞在で村の魅力を掘り起こすクリエイターまで、アートの力が村の新たな未来を描き出している。
■シンプルな生活に憧れて
ルーマニアの民俗楽器・パンフルート奏者として活動しているアーティスト大束晋(おおつかすすむ)さんは、埼玉県から葛尾村に移住してきた。
「4~5年前、コロナのこともあったし、今までの演奏活動もいろいろ厳しいこともありまして、生活切り替えて、山暮らしというか、シンプルな生活をしたいと思いまして」と話すように、今はヤギのピノを相棒に大自然の中でのシンプルな生活に充実感を感じている。
震災・原発事故により全村避難を余儀なくされた葛尾村。2016年6月に村の一部で避難指示が解除され住民の帰還が始まったが、現在生活している人は震災前の約3分の1に留まっている。(※2025年7月時点473人)
■アーティストに移住を
村が2021年に設置した移住・定住支援センター「こんにちはかつらお」では、移住者の窓口として家探しのサポートやイベントでのPR活動に取り組んでいる。移住支援員の坂本光史さんは「まずは住むところの確保を今年度は重点的にやっていくというのが1つ。今度は若者向け、子育て世代の方を中心にターゲットを絞って活動を取り組んでいく」と話す。
人口の増加を目指す村が注目したのは「アーティスト」だった。
村からの委託を受けるプロジェクト団体「Katsurao Collective」では、葛尾村へ移住した1人でもある阪本健吾(さかもとけんご)さんが村とアーティストを結ぶ中心的な役割を担っている。「移住定住のプログラムの一環で、いろんな現代アートのアーティストやクリエイターに、葛尾村に短期移住者として滞在していただいて、いろんな活動をしてもらうということをやっています」と阪本さんは説明する。
■暮らしや交流 作品へ投影
依頼するアーティストは画家や音楽家などさまざま。これまでに約50人のアーティストが村を訪れた。阪本さんは「葛尾村に興味を持ったアーティストに入っていただいて、それぞれの視点で地域活動を展開して、作品や展示企画をやって葛尾村を広く知っていただくという活動をしている」と話す。
葛尾村に住みながら葛尾村の村民と交流を深めることで、作品へのインスピレーションを深めてもらうのがねらいだ。
この日も、村に滞在している2人のアーティストが拠点施設の中学校を訪れた。内田聖良(うちだせいら)さんは、見過ごされがちなモノなどに着目し3Dデータで保存をしながら物語をつくっていくアーティスト。「震災から時間が経ったときの福島のリアルな声みたいなのに関わって、その時私が想っていたことを形にできるチャンスになるかなと思い興味を持って応募した。葛尾村で、自然の力と対面するというところから物語って生まれてくると思っている。そういう意味ではインスピレーションになると思う」と話すように、葛尾村で刺激を受けている。
■葛尾村から発信
パンフルート奏者の大束さんが、葛尾村での生活を初めて2025年で5年目。いまは家の裏に作った特設ステージで、村民との交流を深める一方で「パンフルート」の国内の第一人者としても首都圏を中心に活動を続けている。
「ここだと周りとの距離が離れているので、周りにも迷惑をかけていないと思うので、練習するにはいいところ。たまたまネットで見つけてきた場所だけど、その“たまたま”のおかげでいい場所に来られたなと思っている。村に出来ることとしては、私の場合は演奏。そういう形でもどんどん文化的なことをみなさんに発信していきたい」と話した。
“葛尾村”と“アーティスト”。アートを中心とした村づくりは、村の魅力を高めると同時に住民の帰還や新たな移住者の増加にもつながっている。