台湾で、80年前に日本兵として特攻艇「震洋」の訓練を受けた97歳の男性が取材に応じ、日本のため戦った誇りと補償がなく見捨てられた苦悩を語った。5月には中国による軍事演習が行われ、台湾有事が懸念される現状に、男性は警鐘を鳴らす。
20万人以上の台湾人が日本人として戦地に赴く
80年前の戦争で日本の統治下にあった台湾では、20万人を超える人達が「日本人」として戦地に赴いた。

海軍で覚えた「手旗信号」を披露する97歳の台湾男性。
今も日本を頻繁に訪れるという台湾出身の元特攻隊員の男性が、「かつての祖国」日本への複雑な思いを語った。
台湾・台北市で取材班が同行させてもらったのは、日本兵を研究している陳柏棕(41)さん。
取材班:
その方と前回はいつ会いましたか?
日本兵を研究・陳柏棕さん:
2019年です。
柏棕さんはこれまで、100人近い元日本兵と会って証言を集めてきた。
日本兵を研究・陳柏棕さん:
お久しぶりです。
元日本兵・陳金村さん:
入って!入って!

出会ったのは陳金村さん(97)、台湾生まれの元日本兵だ。50年間にわたって、台湾は日本の統治下にあった。
太平洋戦争が始まると、20万人を超える台湾の人たちが「日本人」として戦地に赴いた。金村さんも、今から81年前の1944年、17歳の時に海軍に志願した。

日本語で教育を受けてきたため、今でも流ちょうな日本語で会話ができる。
元日本兵・陳金村さん:
日本教育だから、日本精神を持って。アジアのため、国のため、天皇陛下のために。(野球の)バットに海軍精神注入棒って書いてある。こう立ち上がって、それからケツを締めて手をあげろって。いいか?はい!と…ここ(を叩かれた)。

当時海軍の拠点があったのは、台湾南部の高雄市だ。金村さんがいた部隊の跡地には、今もなお当時の防空壕が残されている。
取材班:
防空壕の中に入ってみると、外から見るよりもかなりの広さがあるのが分かります。空襲があると17人の兵士が避難したそうです。

アメリカ軍の空襲の合間を縫って、金村さんたちが行っていたのは「特攻」の訓練だった。爆弾を積んだまま、敵艦に体当たり攻撃をする特攻艇「震洋」には、太平洋を震撼させる、という意味が込められていた。
戦争末期、アメリカ軍の上陸に備えて台湾にも10カ所に震洋の部隊が置かれ、金村さんも整備兵として、その1つに配属された。
元日本兵・陳金村さん:
誉れなことだと、そう考えとったんです。特攻隊員だから。光栄の至りと思っていたんです。訓練中はね。
しかし、震洋の実物を目の当たりにして言葉を失ったという。
元日本兵・陳金村さん:
こんな薄い。2〜3ミリくらいのベニヤ板で作ったやつ。
取材班:
それで特攻って、できると思いましたか?
元日本兵・陳金村さん:
みんなそう思っていたけど、言えないんだよ。
結局、アメリカ軍は台湾に上陸せず、部隊は出撃しないまま終戦を迎えた。
元特攻隊もほとんどの元日本兵に戦後補償なし
戦後、台湾にやってきたのは、中国本土からきた国民党政権だ。金村さんは元日本兵ということを隠して生きてきた。

撤退した日本政府からは、戦没者ら一部に弔慰金が払われただけで、ほとんどの元日本兵に戦後補償はなかった。
金村さんは今でも数カ月に一度、日本を訪れるという親日家だ。しかし、「かつての祖国」への思いは複雑だ。
元日本兵・陳金村さん:
なんだか日本に見捨てられたみたいな気がする。同じ海軍、日本海軍よ。同じ日本の震洋特攻隊よ。みんな日本人は恩給をもらっている。台湾はどうして?慰問の手紙一枚もないの。僕らね、本当に日本に力を尽くした。日本人として、日本に背いたことはなかった。

実は元日本兵の研究をしている柏棕さんの曽祖父や大叔父も元日本兵で、そのことが、研究の原動力になっている。
日本兵を研究・陳柏棕さん:
日本の人たちに元日本兵への理解を期待する以前に、まず私たち台湾自身、若い世代が理解していないんです。
台湾では、民主化が進むまで日本統治時代を学ぶ機会が少なく、戦争の記憶が引き継がれてこなかった。柏棕さん自身、身内に元日本兵がいることを大人になるまで知らなかったという。
日本兵を研究・陳柏棕さん:
戦争は決して遠い過去のものではなく、私たちのすぐ近くにある現実です。私の力は限られていますが、できることを精一杯やって、より多くの人に『戦争は命を奪う現実』と知ってもらいたい。
金村さんが海兵時代を過ごした高雄市のはずれには、海のほとりに小さな展示施設があり、日本人として戦った台湾の人たちの記憶が眠っている。

この沖では5月、中国による軍事演習が行われた。いわゆる台湾有事が懸念される現状に、金村さんは警鐘を鳴らす。
元日本兵・陳金村さん:
戦争がどんなものか分からないんだよ。だから今、台湾の政治もそうなってきてるんです。戦え、戦えと。戦争っていうものはね…人間の地獄だよ。
戦争に翻弄された97歳、金村さんは戦争の記憶が次の世代につながることを願っている。
(「イット!」6月26日放送より)