熱々の油の中でじっと見つめる料理人の姿がある。「エビが浮いてくるんですけど、エビの体がぎゅっと締まるところがあるんです」。それは、まるでエビとの会話のよう。老舗の味を守りながらも進化させる、3代目シェフの真剣な眼差しが印象的だ。
51年間愛され続ける『せりな』の味

石川県金沢市の問屋団地近くに位置するレストラン「せりな」。入口の前に流れる小さな滝が、このお店の第一印象を和ませてくれる。テーブル席を中心に40席を備えたこの洋食店は、落ち着いた雰囲気の中にも街の洋食屋さんという気軽さを感じさせる空間だ。窓の外には灯籠のある庭園が広がり、和の趣も感じられる。

「せりな」は今年で創業51年目を迎えた。創業者で初代オーナーシェフの坂口本二さんは18歳で料理の道に入り、ホテルをはじめとする多くのレストランで修業を積んだ後、昭和49年(1974年)に独立。夫婦二人三脚で「せりな」を開業した。

現在厨房を任されているのは3代目の堤友哉さん。京都出身の堤さんは、以前は食品メーカーで商品開発に携わり、ビストロでソムリエも務めていた経歴の持ち主だ。「せりな」と縁があったわけではない堤さんが金沢で働くようになったのは、実は愛の力だった。

「京都で妻と出会って、その妻がこちらの孫娘でして」と堤さんは微笑む。「金沢に遊びに来させていただいて、美味しいカキフライをいただきまして…」。それが縁で「せりな」の3代目として厨房に立つことになったのだ。

しかし単なる縁だけではない。「創業者のおじいさんと気持ちが合いまして、味と気持ちが合いまして」と堤さん。初代の想いを受け継ぎ、新たな挑戦も加えながら「せりな」の味を守り続けている。
一度食べたらとりこになる『絶品エビフライ』

「せりな」の看板メニューといえば、エビフライ定食だ。石川県民へのインタビューで「あなたの『イトシメシ』(愛しい食事)は?」という質問に対し、「セリナのエビフライです。でかくて、プリプリで食べ応えがあるエビフライで、ここに行くとよく食べる思い出の味です」と即答した男性がいた。

このエビフライ定食は、メインのエビフライの他、ご飯、お味噌汁、お漬物、そしてサラダがセットになっている。一般的なエビフライ定食と違うのは、添え物のキャベツの千切りだけでなく、別皿でサラダも付いてくること。さらにそのサラダには特製ドレッシングがかけられ、これがまた絶品なのだ。

「セリナのタルタルはエビフライが美味しいようなタルタルソースになっています」と堤さん。一般的なタルタルソースよりも酸味や塩分を控えめにして、主役であるエビフライの味を引き立てるように作られている。

実際に食べてみると、エビの弾力がすごく、一口目から食べ応えを感じる。衣は薄く繊細に仕上げられており、エビ本来の味わいを邪魔しない。サクサク感とエビのプリプリ感のコントラストが絶妙だ。

タルタルソースをたっぷりつけて二口目を頬張ると、また違った味わいが広がる。クリーミーでありながらあっさりとした口当たりで、エビフライの味を邪魔することなく調和している。
エビと「会話」する職人技

このエビフライはどのように作られるのか。堤さんの調理風景を見せてもらうと、そこには料理への真摯な姿勢が表れていた。

まず、大きめのエビにパン粉をまんべんなくまぶす。「パン粉は細めにさせていただいて、エビの味を感じられるようにしています」と堤さん。

油で揚げる際は、エビをずっと見つめながら、時々かき混ぜる。これは「エビが全体的に綺麗に上がるように」するためだという。「混ぜないと片面だけ茶色くなったりする」のだそうだ。

揚げ時間について尋ねると、「測ったことはないんです。エビが教えてくれるんで」という意外な答えが返ってきた。

「エビが浮いてくるんですけど、浮いてきてからエビの体がぎゅっと閉まるところがあるんです」と堤さん。まるでエビとの対話のように、その瞬間を見極めて揚げ上げるのだという。

その結果、きつね色に美しく揚がったエビフライが完成する。香ばしい匂いとともに皿に盛られたエビフライは、見た目からも食欲をそそる。
名脇役たちが支える『せりな』の味
エビフライとともに人気なのが、サラダにかけるドレッシングだ。「大野醤油さん使ってるんですけど、醤油と菜種油とリンゴ、玉ねぎ、セロリ。それだけの味です」と堤さん。

シンプルな材料だが、このドレッシングを一口食べると「和風でとっても食べやすい」と感想が漏れる。野菜との相性が良く、野菜本来の味を邪魔しない絶妙な味わいだ。このドレッシングは店内だけでなく、県内のスーパーマーケットや東名阪の百貨店でも販売されているという人気ぶりだ。

そしてもう一つ、意外な名脇役が水。「セリナの井戸水です」と堤さん。店の下に井戸が繋がっており、「お店始める時は水から拘りたいという気持ちだと思います」と初代の想いを語る。

この井戸水は、米を炊く時も、野菜を洗う時も、掃除する時も全て使用しているという。水を一口飲むと「美味しい」との感想が自然と漏れるほどの美味しさだ。
常連に愛され続ける老舗の秘密

「せりな」には多くの常連客がいる。堤さんによれば「8割ぐらいは常連さんが多い」という。平日は地元の方が中心だが、週末になると他県からの来店も増えるそうだ。

「よく来る方のお顔やお車は分かるようになります。週に2、3回見るようなこともございますので」と堤さん。それだけリピーターが多いということだ。

なぜこれほどまでに愛されるのか。その理由は、変わらない味への信頼と、新しい挑戦のバランスにあるのかもしれない。堤さんは3代目として「このほっとする味を、初代も80歳まで頑張りましたので、私も80歳まで、あと50年頑張りたいと思います」と意気込む。

スタジオで番組を見た出演者からは「最近は家であまり揚げ物をしないので、外食する大きな理由になりますね」「水もそうですし、ドレッシングもそうですし、タルタルもそうですし、エビフライももちろんなんですけど、それ以外も気になるポイントが多いですよね」といった感想が寄せられた。

「1つ1つの食材であったり、お料理にも愛が詰まっていて、水から原点からという言葉もありましたけど、これは週に2、3回通う理由もわかります」との声も。まさに「イトシメシ」にふさわしい、愛情たっぷりの味なのだ。
金沢の味を51年、そしてこれからも

レストラン「せりな」は石川県金沢市直江町にある。国道8号南新保交差点から粟崎方面へ、西割出交差点のすぐそばだ。平日はお昼のみの営業で、土日はディナータイムもある。毎週月曜日と最終火曜日がお休みなので、訪問の際はチェックしておきたい。
エビフライと特製ドレッシング、井戸水、そして何より3代目シェフの堤さんの料理への情熱が作り出す「せりな」の味は、これからも多くの人々の「イトシメシ」であり続けるだろう。
(石川テレビ)