5月に一区切りを迎えた宮城県の4病院再編構想について、仙台放送の角田翔太記者の解説です。県内の4つの病院を移転や統合で再編しようという構想ですが、そもそもなぜ必要なのでしょうか。
角田記者:一言でいえば、病院の経営危機です。全国の病院経営の実情に詳しい専門家は、ラーメン店を例に、次のように話します。
国際医療福祉大学大学院 高橋泰教授
「病院というと分かりにくい。ある地域にラーメン店が4軒あって、人口が半分になってラーメン店が4軒残ると、各ラーメン店がお客さん半分なので、みんな赤字になる。ラーメン店で働く人もいなくなるので、人手不足で赤字でみんな大変という話になって、サービスの質が下がってきたり、値段が上がってくることになる。だけど、人口にあわせて2店に減れば、お客さんの数も保たれるし、値上げしなくても済むし、人手不足にも働く人の不足にも悩まされない。病院も同じこと」
角田記者:もちろん例えであって、ラーメン店と病院を重ねて議論できるわけではありません。ただ、医療も質を保つには、人口減少の影響や経営の視点が欠かせないというわけで、病院配置の見直しは全国的に議論されています。
そうした中で、宮城県が打ち出したのが「4病院再編構想」です。再編構想の中身を改めて見ていきます。当初は太白区の仙台赤十字病院と名取市の県立がんセンターを統合して名取市に。青葉区の東北労災病院と名取市の県立精神医療センターを併設し、富谷市に移転する構想でした。このうち仙台赤十字病院と県立がんセンターについては基本合意が交わされ、2030年度中に名取市に新しい病院が開院する予定です。県立精神医療センターは根強い反発もあり、移転ではなく名取市内で建て替えとなりました。そして、最後に残った東北労災病院は5月9日、経営状態の悪化などを理由に富谷市への移転を断念。これで4病院再編構想は区切りを迎えました。ただ、議論は終わっていません。
富谷市 若生裕俊市長
「富谷・黒川地域の救急・急性期を担う総合病院の立地については本市の悲願であり、市民の生命・健康を守るためには、是が非でも病院を誘致する必要がある」
東北労災病院の移転に向け、すでに11億円を使って土地を取得していた富谷市。労災病院に代わる新たな総合病院を、仙台医療圏から公募することにしています。村井知事がこれを後押しする姿勢を見せていることに対し、病院引き抜きへの警戒感をあらわにしているのが仙台市の郡市長です。
仙台市 郡和子市長
「仙台医療圏全体で見ると、(高齢者の数が)2050年までに10万人程度の増加となるが、仙台市が増加分の約86%、そのほとんどを占める見通し。仙台市は、周辺の市町村よりも救急需要をはじめとする医療需要そのものが増加することが見込まれていて、大変危機感も持っている」
村井知事は、適正な病院配置が必要との認識を崩しません。
宮城県 村井知事
「仙台市内でこれだけ病院が集中していると患者の取り合いになっている。今は高齢者の数が増えているから病床が必要だとおっしゃるかもしれませんが、今後、15年20年すると一気に病院経営が悪化する。その前にしっかりと手を打って仙台医療圏の中で病院を減らさないようにするためにはどうすればいいかを考えることが非常に重要」
議論の中でキーワードになるのが「仙台医療圏」という言葉ですね。
角田記者:そうなんです。「医療圏」というのは、いくつかの自治体をまとめてその地域ごとに中核となる病院を置くことで、救急から手術、入院まで対応できるようにするものです。宮城県には4つの医療圏があり、そのひとつが「仙台医療圏」です。
仙台医療圏は仙台市と周辺の名取市、富谷市など14の市町村ということで、つまり「仙台市内」だけではないわけですね。
角田記者:そうなんですが、実際は仙台市に病院が集中していて、中核となる病院11のうち10の病院が、仙台市内にあります。病院配置が偏ることで、いくつかの問題点があると、県は指摘しています。大きく2つの点を見ていきます。1点目は、救急搬送時間の違いです。同じ仙台医療圏の中でも仙台市だけが、宮城県全体の平均搬送時間を下回っていて、それ以外の地区では、平均5分から8分ほど長くなっています。2つ目は経営に直結する病床利用率です。中核となる病院の病床利用率をみると仙台厚生病院だけは100%を上回っていますが、仙台医療圏の他の病院は60%前後から高くても81%。安定的な病院経営に必要とされる80%を下回っている病院が多いのが実情です。こうした状況に、物価上昇が追い打ちをかけている状況があると、専門家は指摘します。
国際医療福祉大学大学院 高橋泰教授
「診療報酬が若干上がったけど、その何倍も支出が増えて上昇分があって、いま全国的に赤字。特に人もたくさん使う、物もたくさん使う中核的な病院がすごく大変。今のままでいくと潰れてはいけない病院が先に潰れそう。それをなんとか防がないといけないというのが医療界全体の問題」
ただ、先述の通り、郡市長は2050年までに高齢者の割合が他の市町村よりも増えていくと推計していて、市内に病床が必要なことや医療逼迫(ひっぱく)を懸念しています。
角田記者:これに対し村井知事は、さらなる人口減少や医療の担い手不足により仙台医療圏から病院の数が減ることを危惧し、「病院再編成」の必要性を強調しています。県と仙台市で議論が平行線をたどる中、地域医療の専門家は、高齢者の医療に対するニーズが変化していることも踏まえ、新たなデータも取り入れながら、議論することを呼びかけます。
国際医療福祉大学大学院 高橋泰教授
「(在宅死亡率は)2015年から見るとちょうど倍増している。6%から12%になっている」
これは、高橋教授などが厚生労働省などのデータに基づいてまとめた在宅死亡率の推移です。新型コロナの影響もあるものの、このデータから、高齢者の傾向の変化が読み取れるといいます。
国際医療福祉大学大学院 高橋泰教授
「1つの大きな原因として、病気になって死ぬまで病院とか、施設に入ってずっと長生きさせて頑張るというのに対してNOという高齢者が今、増えてきている。(高齢者が)病院に行かなくなった。施設に入りたくなくなってきている」
こうした変化も踏まえ、今後の医療のあり方を議論すべきだと訴えます。
国際医療福祉大学大学院 高橋泰教授
「病院が赤字でもいいから置いておけばいいことばかりかというとそうでもなくて、医療のサービスの質も下がるし、大赤字になれば行政サービスが下がって生活の質も下がる。病院を残すことが本当に幸せなことなんだろうかという考え方は持ってほしい」
角田記者:高橋教授は「大事なのは病院という場所を残すよりも、よい医療を受けられる環境をどう維持できるか、という視点を持って議論を深めてほしい」と話していました。4病院再編構想は一つの区切りとなりましたが、地域医療再編の議論は、今後も続きます。住みよい地域作りに欠かせない重要な政策であればこそ、県と仙台市には、これまでの経緯にとらわれない深い議論が必要だと思います。