トランプ政権の相互関税や米中両国による関税引き上げの応酬が、世界の金融市場を大きく動揺させるなか、今週17日、関税措置をめぐる日米閣僚間の初の交渉が行われる見通しだ。訪米する赤澤経済再生相が、ベッセント財務長官らとの協議にのぞむ。
車の充電規格は”時代遅れ”
日本に対する「相互関税」として課されたのは、ほぼすべての国や地域に共通する10%と、日本への国別上乗せ分14%を足した24%だ。アメリカ側は非関税障壁を加味して算出したと説明していた。
非関税障壁とは、関税以外の方法で貿易を制限することにつながる各国のルールのことで、製品の安全基準や認証のしくみ、輸入数量制限や補助金、商習慣など多岐にわたる。アメリカ側は、個別品目の関税率とともに、この非関税障壁を槍玉に上げてくる可能性が高い。

USTR(アメリカ通商代表部)が3月に発表した貿易障壁についての報告書では、日本を名指して、アメリカ企業のアクセスを阻むしくみがあると指摘し、非関税障壁を列挙している。
特に多くの分量が割かれたのは自動車関連分野だ。まず、アメリカの安全基準認証が日本の安全基準と同等の保護レベルを提供するものとして受け入れられていないことや、短距離車両通信システムに対する独自の周波数割り当てを問題視。日本の補助金制度をあげ、電気自動車では、日本のメーカーが恩恵を受けていると不満を表した。
さらに、日本独自の急速充電規格「CHAdeMO(チャデモ)」をあげ、EV充電ステーションへの補助金の支給条件としてチャデモへの準拠が求められているとし、日本は充電技術において”異端者”となり、補助金を受けるために”時代遅れ”の技術を要求することで、外国の自動車メーカーや充電器サプライヤーが日本で事業を展開する意欲を削いでいると断じた。日本メーカーによる充電ステーションが高速道路のサービスエリア内に整備されているのと対照的に、アメリカ企業による充電インフラを利用するには高速から出る必要があるとして、差別的な扱いだと記している。
“コメの流通制度は透明度が低い”
次に目立ったのが、農林水産分野への言及だ。コメについては、輸入・流通に関する規制が厳しく、透明性が低い制度により、アメリカの輸出業者が日本の消費者に実質的なアクセスを持つことが制限されていると、長文で不満を述べ、アメリカ産は日本で消費されるコメ全体の約3%に過ぎないと記している。

豚肉や小麦でも、輸入制限が貿易をゆがめていると批判し、豚肉では、低価格品の競合を防ぐため、輸入品に段階的に高い関税を課すしくみがあるとしたほか、牛肉では、BSE(牛海綿状脳症)リスクのある危険部位の除去基準が国際的なガイドラインやアメリカの規制より厳格で、ジャガイモではアメリカ産の対日輸出がチップス用に限定されていると指摘した。
魚介類では、サバ、イワシ、イカ、ニシン、スケソウダラ、ホタテ、昆布などで、輸入割当量と関税が障壁となり、アメリカ企業は、割当量の割り当てを得るための手続きに費用がかかり、頻繁に遅延が発生していると記されている。
「為替」が主要テーマのひとつに
非関税障壁や農産品の関税・輸入制限をめぐるアメリカ側のこうした指摘は、今回の交渉でも議論される見通しだが、それらと並んで主要テーマになりそうなのが「為替」だ。

ベッセント財務長官は、「関税や非関税障壁、通貨問題、政府補助金をめぐる生産的な取り組みを楽しみにしている」として、為替も議題に据える考えを示している。
トランプ大統領は、アメリカ製造業の輸出競争力を低くするとして、ドル高円安を問題視しているが、日本は、過度な円安を抑えるため、2022年から2024年にかけて円買い介入を断続的に行ってきた。日本国内で輸入物価上昇によるコストプッシュ型インフレによる物価高が続くなか、円安水準の是正に向け思惑が一致する可能性もある。
ドル安・高関税でアメリカ赤字解消は
トランプ政権の問題意識は「貿易赤字は悪であり、解消するには輸入を減らし輸出を増やすことが必要だ」というものだ。外国製品のアメリカ国内価格が割高になって輸入が減り、アメリカ製品の海外価格が割安になって輸出が増えれば、貿易赤字は解消に向かい、ドル安も高関税と同じ効果をもたらすことになる。

しかし、このような姿が実現するためには、前提条件が必要になる。これは「マーシャル・ラーナー条件」と呼ばれるもので、貿易収支が改善するかは、輸出入の「価格」と「数量」の両方の動きによるとされる。例えば、アメリカで輸入価格が上がっても輸入数量が減らなかったり、アメリカからの輸出価格が下がっても輸出数量が増えなかったりすれば、貿易収支が改善しないことがあるという考え方だ。輸入品に代わる商品を国内産からすぐには見つけられなかったり、輸出増に向けた生産計画の見直しに時間がかかったりするほか、これまでの輸出入契約により取引量がしばらくは動かせないケースもあり、短期的には輸出数量や輸入数量を急には変えられない制約がある。トランプ政権がドル安や高関税を通じて輸出入価格に介入しても、貿易収支の改善効果が現れてくるのに相当のタイムラグが出てくることも想定される。
日本の交渉術に各国の視線が
金融市場では、株価が大きく値下がりするなか、米国債などドル建て資産から全面的に資金が流出する事態となり、円を買う動きが強まっている。

外国為替市場の円相場は、先週一時1ドル=142円台と約半年ぶりの円高水準まで上昇した。市場関係者の間では「日米交渉でアメリカ側から日本に円安是正を求める考えが改めて示されれば、さらなる円上昇があり得る」との声が上がる一方、「過度な円高はこれまでの円安が輸出企業の収益を押し上げてきた効果を一気に剥落させ、内需主導での好循環を遠のかせる」との警戒感がくすぶる。
関税や非関税障壁、そして為替をめぐる議論をどう決着させていくのか。協議に入る日本の交渉術に各国の視線が注がれている。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)