日本人学校は通学を取りやめ

2024年12月13日、中国で子供を帯同している日本人にとって例年とは比べ物にならない緊張感が漂っていた。

「今日、中国で同じような事件が起きればほとんどの日本人家族は帰国するだろう」(日本人学校の関係者)という声もあるほど、この日は日中の関係者にとって重要な日だった。

北京市にある日本大使館
北京市にある日本大使館
この記事の画像(8枚)

北京の日本大使館は12月上旬、中国に住む約10万人の日本人に対して12月13日を「特に注意を要する日」として注意喚起の一斉メールを出した。

「12月13日は南京事件の日です。過去の日中間の歴史にかかわる日においては、特に注意する必要があります。最近、中国各地で無差別殺傷事件が発生しており、外出時にはこれまで以上に安全面での注意が必要です」そこには「特にお子様連れの場合には十分に対策をとるようご注意ください」と書かれていた。

また、日本大使館はこれに合わせて中国の地元政府や警察に「日本人の安全確保に向けた警備を強化するよう」要請も出している。

「特に注意を要する日」として指定された12月13日、中国本土と香港に12ある日本人学校はそれぞれ安全確保のための「緊急避難的な措置」として7校が休校し、北京、上海などの5校はオンライン授業に切り替えた。

なぜ、このような事態になったのか。その理由として、江蘇省の南京市で行われた追悼式典が関係していた。

8000人が参加した「南京事件」の追悼式典

「南京事件」は日中戦争時の1937年に南京が陥落した際、旧日本軍が大勢の捕虜や市民を殺害したとされるもので、中国政府は2014年に12月13日を「国家追悼日」とし、これまで行ってきた追悼式典を国家レベルの式典に格上げしている。

追悼式典に参加する南京市民ら(12月13日)
追悼式典に参加する南京市民ら(12月13日)

日本時間の午前11時から始まった追悼式典には多くの南京市民や政府関係者が出席したほか、国営の中央テレビは式典の様子と特集番組を繰り返し放送した。

反日感情が高まりやすい日

毎年行われている追悼式典に対して、今年これだけ警戒する背景には日本人が襲われた事件の存在があった。

中国では今年6月、江蘇省蘇州市で日本人学校のスクールバスを待っていた日本人親子が襲われる事件が起き、9月には広東省深セン市で日本人学校に通う男子児童が登校中に刃物で襲われ死亡する事件が相次いで起きた。

いずれの事件も中国当局が犯人の動機を明らかにしていないため、日本人だから狙われたのかどうかは不明だ。しかし、深セン市で事件が起きた9月18日は満州事変の発端となった柳条湖事件が起きた日で、中国では12月13日と同様に「敏感な日」として反日感情が高まりやすいとされる日だった。

広東省深セン市で男子児童が殺害された現場
広東省深セン市で男子児童が殺害された現場

「子供の命を守るには仕方のない判断

中国の日本人学校に子供を通わせている母親は、今回の対応について「子供の命を守るには仕方のない判断」と語る。

日本人学校に子供を通わせている保護者
日本人学校に子供を通わせている保護者

――12月13日に全ての日本人学校が休校やオンライン対応になることについてどのように感じましたか?

蘇州市や深セン市で日本人学校の関係者が立て続けに襲われる事件があり、学校は生徒の命を第一に考えてご判断されたと思うので、そのことについては感謝しています。やはり敏感と言われている日になるので、子供の命を守るには仕方のない判断だと思います。

――今回の対応が来年以降も続く可能性について不安などはありますか?

これが中国で毎年何回も続いていくということであれば、やはり子供の学ぶ機会が減ることに対する心配はあります。

――お子様の反応はどのようなものでしょうか?

子供はなぜその日が休校なのかというのを深く理解していないので、特に怖いとかの感情はないとは思います。ただ、親としてはどこまでどのように伝えれば良いのかということの難しさを感じています。一連の事件も一部の中国人が起こした事件で子供たちには全ての中国人が怖いという風には思ってほしくないので、どう話をするべきなのかということを考えています。

「日本に対する感情の悪化が全面的に広がっている」

12月2日、日本の民間団体「言論NPO」が中国と共同で実施した世論調査の結果が発表された。(調査は日本で1000人、中国で1500人の18才以上を対象に実施)

日本の「言論NPO」が中国と共同実施した世論調査(12月2日)
日本の「言論NPO」が中国と共同実施した世論調査(12月2日)

中国で「今後日中関係が悪くなる」と予測する人は去年の倍近くの75%に急増し、また日本に対して「良くない印象」と答えた中国人は去年より24.8%増えて、87.7%となった。

主催者は「対日批判が過激化しやすいSNSで日本に関する情報を得ている人が増えたことが背景にある」とみているが、言論NPO代表の工藤泰志氏は「中国国民の中にこれまで経験したことがない日本に対する感情の悪化が全面的に広がっている」と述べている。

「中国と日本は一衣帯水の隣国」

一方、今年の「南京事件」の追悼式では中国側から日本に向けて、融和的なメッセージも感じ取ることができた。

中国ではこういった式典に誰が出席するかというのは重要なメッセージになる。今年は過去に出席した習近平国家主席が出ることはなく、最高指導部のチャイナセブンと呼ばれる政治局常務委員でもなかったが、習近平氏と関係が近いとされる李書磊共産党中央宣伝部長が出席した。

李書磊・共産党中央宣伝部長 2024年12月13日
李書磊・共産党中央宣伝部長 2024年12月13日

李氏は、共産党のメディア・世論統制部門のトップである。李氏は、式典での演説で南京事件について「人類の文明の歴史に暗い1ページを残した」と述べ、日中間でしばしば議論となる犠牲者数を念頭に「このおぞましい反人類の犯罪には既に歴史的な結論と法律的な結論があり、証拠は山のようにある。改ざんは許されない」と強調した。

一方で李氏は「中国と日本は一衣帯水の隣国であり、両国が平和共存、世代友好、互恵協力、共同発展の道を歩むことは両国民の根本的利益に合致する。中国と日本は、互いに協力パートナーであり、互いに脅威とならないという重要な共通認識を守り、戦略的互恵関係を全面的に推進し、新時代の要求に合致する建設的で安定した中日関係を積極的に構築すべきである。」と日本側に協力を呼び掛けた。

これは石破首相と習近平国家主席が南米ペルーで行った首脳会談で「戦略的互恵関係の推進」を改めて確認したことを踏まえた発言とみられる。

首脳会談を行った石破首相と習近平国家主席 2024年11月
首脳会談を行った石破首相と習近平国家主席 2024年11月

「中国側も努力をしてくれた」(日中外交筋の関係者)という声もあるように、多くの日中関係者の尽力によって「特に注意を要する日」とされた12月13日はトラブルもなく過ぎ去っていった。

しかし、日本人学校の関係者によると、来年の「敏感な日」において、日本人学校に通う子供たちの通学が正常通り行われるかどうかはまだ決まっていないという。

(取材・執筆:FNN北京支局 河村忠徳)

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。