8月30日に甲子園で行われたプロ志望高校生の合同練習会。

プロのスカウト以外に大学野球・社会人野球の関係者らも参加し、球界全体で高校生をサポート。

一度失った夢舞台で、プロ入りを目指し球児たちは躍動していた。

彼らはこの先野球を続ける、いわばエリート集団だ。

高校球児の進路は、プロや大学などで野球を継続する球児はわずか14.4%、高校で野球人生に一区切りをつけ、引退する球児が85.6%にのぼる。(昨年度・S-PARK調べ)

大半の球児たちは高校で野球を終えるのだ。

「甲子園」が無くなった高校球児たちは、“最後の夏”に何を目指し、何を思うのか。

球児たちのリアルに迫った。

「2020夏 これが、僕らの甲子園。」連載はこちらから
 

両親への恩返しのためにも高校で野球をやめる

星槎国際高校湘南の吉浜良真選手も、高校で野球をやめ、就職するという道を選んだ一人だ。

「大学野球に行っても通用しないと思うので、しっかり切り替えて早く就職して親に恩返しをしたいと思っています」

そう区切りをつけていた吉浜選手。

神奈川県・星槎国際高校湘南は2015年に名将・土屋恵三郎監督が就任すると2年前の2018年夏、最高成績となる県ベスト4に進出。

チームのスローガンは必ず笑うで“必笑”(ひっしょう)だ。

そのチームでサードコーチャーを務める吉浜選手は、親元を離れ甲子園という夢舞台を目指してきた。

彼は物静かで感情を表に出さないシャイな性格。

土屋監督も「みんなに明るさを振る舞えって言っても、『そんなの無理難しいから』って」と話し、自らも「自分はあんまり前に出るタイプではないので…」と認識している。

しかしその性格とは裏腹に、胸に秘めた熱い思いがあった。

「父から野球のことを教わって、野球で辛いことがあったときは母に支えてもらったので、両親にはしっかり感謝したいです。卒業後は就職して今まで支えてくれた親に恩返しできるように頑張りたいと思います」

親への恩返しで、野球を辞めることについて両親はどう思っているのだろうか。

父・豊さんは「もうちょっと大学でも野球姿を見ていたかったかなと私は思いますが、野球するのも道具を揃えるのもお金かかりますし、本人的にも申し訳ないなと思っているのかなと。そんなの全然問題ないよって言ってるんですけど…」と複雑な心境を明かすと、母・直子さんが「凄く思いやりがあって、優しいんですよ本当に」と続けた。

いち早く恩返しをするため、就職を選んだ𠮷浜選手。

だからこそ、野球人生のゴールは小学校の卒業文集にも書いた「高校で甲子園」だった。

野球人生の終着点を失った少年は…

しかし2020年5月20日、新型コロナウイルスの影響で、第102回全国高等学校野球選手権大会の中止が決定。戦わずして甲子園の夢が散ってしまった。

この決定を聞き、グラウンドでそれぞれに涙を流す選手たち。

3年生だけで行われたミーティングで濱田琉大キャプテンが「3年生29人で、29人全員で過ごした2年半っていうのは、甲子園を目指した日々っていうのはみんなの宝物だと思う」と涙を流しながら話す間、多くの部員のすすり泣く音が部屋に響いていた。

この日の吉浜選手の野球ノートには…

甲子園が中止になりました。
理解できません。悪い夢だと今でも思っていて全く実感がありません。

残酷な発表から、わずか3日後の5月23日、彼らは笑顔で練習を続けていた。
チームに染みついたスローガン“必笑”。

吉浜選手もこの日の練習では笑顔だったが、寮の部屋で話を聞くと「3年間やってきたことが無駄になったと自分では思っているので」と少し険しい顔だ。

練習中の笑顔についても「ちょっと無理している部分はあると思います」と明かした。

中止が発表されたとき、メディアやSNSには

・3年間は絶対無駄にはならないと思うし、次のステージで頑張ってほしい。
・人生はまだまだこれから
・次のステップへ繋げていきましょう!

という言葉が溢れていた。

「そういう次のステップなどというのは、考えられなかったです。テレビとか新聞も自分は見ないですし、自分はあまり感じないのかなと思っています」

吉浜選手の頭に“次のステージ”、“次のステップ”というものは無かった。

6月5日、中止発表から16日経ったこの日、自粛が明け全体練習が始まっても気持ちの切り替えは「まだできません」と話す吉浜選手。

そんな気持ちに、徐々に変化が訪れていく。
 

仲間と家族の支えで変わりゆく想い

入部して以来の大親友、レギュラーの茂木陸選手。
寮では隣の部屋に住み、いつもお互いを支え合ってきた。

「『じっとしていても仕方がないので、やっぱりやるべき事はまずやって、それで気持ちは多分その後からついて来ると思う』と言って。やりきろうということを常に言っています」

そう言葉をかけてくれた茂木選手。

父・豊さんも「中止の発表があった日に、泣かない子だったんですけど、電話越しで泣きながら電話してくるって言うのはちょっと想像していなかったので。『しっかり気持ちを持って生活をしていくしかないんだよ』って。本人が決めてここまでやって来たので、『もうあとは悔いを残さないように、完全燃焼自分でできるように頑張りなさい』と伝えました」

吉浜選手を後押ししたのは“次の人生への励まし”ではなく、“野球人生をやりきる”というチームメートと両親の言葉だった。

6月12日、中止発表から23日、神奈川県独自大会の開催が決定した。
吉浜選手の練習にも身が入るようになっていた。

その変化に茂木選手も気がついていた。

「いつもは自分がスイングを誘って『行くぞ』って言っていたんですけど。吉浜が自分の部屋に来て『早く行くぞ』って事を自分の部屋きて言って来たときは、ああ、変わったんだなと思いました。」

7月31日、中止発表から72日に行われた初戦メンバー発では、24番の背番号を受け取った吉浜選手。自らの手でユニフォームに背番号を縫い付ける。

野球人生のラストスパートだ。

8月1日、独自大会初戦まであと1週間のタイミングで行われた3年生だけの入場行進。
神奈川県独自大会では、感染対策として開会式がなく、保護者は試合会場に入れないことになっている。

そこで息子たちのユニフォーム姿をみられない両親のために、いつも練習をしていたグラウンドで特別な入場行進が始まった。

土屋監督も言葉を投げかける。

「君たちにとっては一生残るもの。一歩一歩踏みしめて3年間のことを3年生は想い出せ!いいか?はい行こう!」

その堂々とした姿を見て、ハンカチで目頭を抑える親も数多くいた。

入学式以来だという両親との写真撮影に笑顔が固くなる吉浜選手。

「ここで野球終わるから悔いがないように、最後は完全燃焼するので頑張るから、最後まで応援お願いします」

“野球人生、完全燃焼”
2020夏、これが、吉浜良真の甲子園だ。
 

吉浜選手の野球人生の集大成

迎えた、神奈川県独自大会。𠮷浜選手はサードコーチャーとしてチームに貢献する。

2回戦 VS幸 31−0
3回戦 VS湘南工大付 12−1
4回戦 VS横浜隼人 7−4
5回戦 VS海老名 13−2
準々決勝では優勝候補・桐光学園から4−0で勝利と、大金星を上げた。

8月22日、中止発表から94日、ノーシードで唯一・準決勝の舞台まで駒を進めた星槎国際高校湘南。

相手は強豪・相洋だ。

スタンドで観戦ができない親たちは、必笑と書かれたうちわを手に、モニター越しに応援する。

序盤で6点差をつけられた星槎国際湘南はチームのスローガン「必笑」を目指して、着実にその点差を縮めていく。
3点差で迎えた9回。
吉浜選手は1塁に代走に向かうが、次のバッターがアウトとなり試合終了。

完全燃焼をかけた、最後の夏が終わった。

試合後学校にバスで戻ってくると、親友・茂木選手と静かに言葉を交わし、時には涙しながら練習場でストレッチをする二人。

その後吉浜選手は両親のところに向かった。

何も口に出せない吉浜選手に、父・豊さんが「なんか言えよ」と冗談めかして言うと、涙が溢れ出す。

絞り出した言葉は「今まで応援ありがとうございました」だった。

その言葉に父も涙を抑えきれず「よく頑張った、2年半よく頑張った」と繰り返し、母も「本当によく頑張ったね」と抱きしめた。

最後に吉浜選手に今の気持ちを聞くと、「甲子園中止から最後までやりきれたので、悔いはないです」と、はっきりと前を見据え答えた。

吉浜選手は次のステージに向け、早速履歴書を書き始めている。

甲子園中止は人生の糧になったのだろうか。

「コロナの期間でやはり目標の大切さというのが身にしみました。苦しくてもやり抜けば、何かしら結果が出てくると思うので、最後まで就職活動を頑張っていきたいです」

チームのスローガンである“必笑”して終われたたのだろうか。

「はい、終われました」

そう笑顔で語った吉浜選手。

この経験を糧に、新たな人生を歩み始める。

(ディレクター:中野舞、西條尊仁)

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フジテレビのスポーツニュース番組『S-PARK』(スパーク)は、8月2日(日)~30日(日)の5週に渡り 日曜S-PARK特別企画「2020夏 これが、僕らの甲子園。」を放送する。 
新型コロナウイルス感染拡大の影響で「春のセンバツ」と「夏の全国高校野球選手権」が中止になり、まさに夢を失ってしまった高校球児たち。
3年間、これまでの野球人生をかけて甲子園を目指してきた彼らは、「最後の夏」に何を目指し、何を思うのか…?

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