高校野球で全国屈指の激戦区、神奈川県。

参加高校は毎年約190校、東海大相模や横浜高校、桐光学園、慶応義塾など全国に名を響かせる高校が集う中、新時代ならではの最新テクノロジーを駆使して戦いに挑むのが立花学園高校だ。

「甲子園」が無くなった高校球児たちは、“最後の夏”に何を目指し、何を思うのか。

球児たちのリアルに迫った。

「2020夏 これが、僕らの甲子園。」連載はこちらから
 

最新テクノロジーを駆使した新時代の野球

神奈川県・立花学園高校硬式野球部。

部員総勢は139人を誇り、激戦区・神奈川にあって17年18年夏に県大会ベスト8、19年秋にもベスト8という実力校だ。

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「神奈川一のチームだなと思われるような個人アップをしてほしい、そこらへんは言わずともわかっていると思うけど、意識してやってください」

気合の入った言葉でチームを束ねるキャプテンは濱田蓮選手。

中学3年生の時、父親の母校・立花学園を応援しに行ったときに、この高校で野球をやりたいと強く思ったという。

「当時の立花学園は1試合で5本ホームランを打ったという記録を残している代で、やはりバッティングが凄いところに惹かれた。
中学時代は1番バッターが出たらバントするとかそういう役割だったので、打撃力を身につけるために立花学園に入ろうかなと思いました」

“つなぐバッター”から“試合を決めるバッター”になりたいと、立花学園の門を叩いた。

こうして入った立花学園で行われていた練習は最新テクノロジーを駆使した、まさに新時代の野球だった。

「『ワクワクする野球』をテーマに、今までの常識にとらわれない選手指導を行ってる」と話す33歳の若き指揮官・志賀正啓監督。

志賀監督はこの日、スマホのカメラに向かって「はい、今日もみんなワクワクしてるかな?今日はランナー2塁について話をしていきます」と動画作成に勤しんでいた。

部員たちがいつでも見られるようにと、自ら撮影と編集をして、『志賀監督のワクワクチャンネル』と銘打ってYou Tubeに野球講座の動画をアップしているのだ。

部員たちの練習も一味違う。

プロ野球やMLBでも導入実績があるというVRを使ったバッティング練習。

VR上のピッチャーが投げる球の軌道が残像として残るため、スイングの後すぐに目で見て反芻することができるという。

部員からの評判も「VRでの練習ををやったあとに、実際のバッティングもやったんですけど全然違って、球が遅く見えたり回転をちゃんと見ることができたので良かったです」と、上々だ。

ブルペンには投球用3Dトラッキングシステム『ラプソード』を導入。一球投げるごとにボールの回転数や軌跡などが計測できるものだ。

さらに、コロナ禍で全体練習が自粛になっても、「日本一オンラインをうまく使って練習を進めていこうと」と、ウェブ会議システムZoomを使った遠隔指導を行う。

一人一人のバッティングフォームを動画で送ってもらい、それを分析する。

「左肩がすごく入ってるから、打ち方が崩れてきている印象がある」と、監督が指導中のフォームと送ってきたフォームを比較して見せると、選手自身も「肩が凄く内に入ってますね、全然違います」と、口で言われるだけでは理解しづらいことも、映像だからこそ理解が早い様子だ。

濱田選手も「アプリがある以上、うまく使っていくのが勝つための一番の近道だと思うので」と話すように、立花学園はテクノロジーを最大活用し神奈川の頂点を狙うはずだった。
 

“立花野球が正しかった”ことを証明したい

しかし2020年5月20日、新型コロナウイルスの影響で、第102回全国高等学校野球選手権大会の中止が決定。戦わずして甲子園の夢が散ってしまった。

中止が決まったその日、濱田選手の野球日誌には

もう何を目標にやればいいのか分からない。
他のやつになんて声をかけたらいいのかわからない。
ほんとに悔しい。

と、無念な想いが記されていた。

翌日、部員全員を集めオンラインミーティングが行われた。

「もし独自大会とか戦う場を与えてもらえるならば、最大限輝けるための準備を、今してほしい。独自大会があるんだったら優勝して、『やっぱり立花学園を甲子園に行かせたかったよ』って思わせるのが、俺は筋じゃないかなって思う。いいこと言えなくて申し訳ないけど、前向くしかねえじゃん」

志賀監督は涙を流しながら、部員に言葉を投げかける。

そして、キャプテンの濱田選手も同じ想いを口にした。

「神奈川県で独自大会が開かれる可能性もゼロじゃないということで、必ずその大会で絶対てっぺんをとって、ここまで立花学園がやってきたことが間違ってないことを、全国に知らしめたらかっこいいなと思うので、全員が諦めずに最後の最後まで自分のレベルアップに努めてほしい」

神奈川を制し、“立花野球が正しかった”ことを証明する。

それが、甲子園なき今の自分たちに残された使命と考えていた。

一方で、濱田選手は「大学野球をやらない人は心が動くと思うんですよ」と部員の気持ちと行動が一つになるか不安だった。

甲子園中止決定直後に行われた、3年生だけのオンラインミーティングでも、部員の1人が「甲子園中止の報道は受け止めるしかないので、県大会があることを願ってまた今日から頑張っていこうかなと思うので、腐らずみんなで頑張っていきましょう」と話していた。

大会の実施があるかどうかも定まらない中、全員が本気で練習し続けられるのか。

オンラインで顔を合わせていても、練習自体は自主性にかけるしかない。

全員が同じ方向を向いているのか分からずにいた。

そんな不安の中で、神奈川県独自大会の開催が決定。

3ヶ月間できなかった全体練習再開も6月下旬に始まった。外野で伸び切ってしまった雑草の草むしりにも力が入る。

志賀監督が大切にしている、“ワクワクする野球”。「ワクワクしている人?」と声をかけると、部員全員が手を上げていた。

立花野球を証明するための戦いが、いよいよ始まるのだ。

濱田選手が「野球の動きに繋がるトレーニングを取り入れてます」と言いながら行っていたのはメディシンボールでのトレーニング。

Twitterに投稿されたプロ野球選手のトレーニング方法を見つけ、すぐに練習に取り入れていた。

さらにドローンを使用して真上から練習を撮影し、ポジショニングや連携プレーを確認。

濱田選手が「これライトのカバー遅いですね」と画面を見ながら話す。

志賀監督も「ファミスタとかパワプロみたいな野球ゲームのイメージで、真上から見る。客観視できない生徒にとっては、こんなところを守っていたんだとすぐにわかるんです」と、ドローンの映像の有用性を説いていた。

最新テクノロジーを使用した練習とともに、自粛期間中の練習の成果がピッチャーの球速にも現れていた。

ブルペンで『ラプソード』を利用して球速を図ると、142キロ。自粛前と比べて約10キロも球速が上がっていた選手もいたのだ。

「自粛期間は不安でしたけど、練習をやってるかどうかは見れないので不安でしたけど、結局やってたのがあいつらなので。そういう奴らが仲間にいるのは頼もしいですし、勝てる代はこういう代なんだというのは後輩にも見せたいと思います」

キャプテン・濱田選手の不安は一掃された。

甲子園が無い夏だからこそ仲間たちの本気に気付くことができた。
 

立花野球証明のため“勝てるメンバー”で挑んだ大会

神奈川県独自大会登録メンバー発表、12人の3年生がメンバー外となった。

『立花野球』を証明するため、3年生優先ではなく“勝てるメンバー”で大会に挑むことを決めたのだ。

キャプテンの濱田選手は涙を見せながら部員に声をかけた。

「全員の3年生がメンバーに入ってほしかったし、メンバーに入ろうという気持ちを持って毎日練習に取り組んできたのも知っているし。やっぱりそれがわかっているからこそ本当に悔しいなと思うから。
でも俺らは23日の決勝まで戦うチームだから、絶対に23日笑って終われるようにベンチに入ったメンバーが責任持ってやってほしい」

勝って『立花野球』の証明をする。

これが2020夏、濱田蓮の甲子園だ。

開幕した高校野球神奈川県独自大会。

2回戦 VS藤沢清流 11−1(5回コールド)

3回戦 VS湘南台 13−2(7回コールド)

4回戦 VS橘 10−2(7回コールド)

5回戦 VS横浜創学館 5−4

3回戦では濱田選手がレフトの頭上を超えるホームランを打つなど、自慢の強力打線は絶好調で、過去最高成績である県大会ベスト8まで順調に勝ち進む。

「まず勝てたというのは本当に嬉しいですし、一戦一戦100%の力で勝ち続けることが自分たちのやるべきことなので」

頂点まであと3つ。立花野球を証明するため、迎えた8月16日の準々決勝。対戦相手は近年力をつけてきたと言われている強豪・相洋だ。

試合は今大会初めて先制点を許す展開で進む中、失点したエース武井朋之選手を、濱田選手がグラウンドに響き渡る声で鼓舞する。

「武井OKだって!楽しんでいこう!点取られても良いよ!」

追い上げたい立花学園は7回、先頭の濱田選手がヒットでチャンスを作り出す。続く打者もヒットで濱田選手がホームを狙うもタッチアウト。

この試合、1点が遠い立花学園は無得点のまま最終回・2アウト。

打席に立った濱田選手は全力で1塁にヘッドスライディングするが、最後のアウトとなりゲームセット。

0−5で最後の試合を終え、泣き崩れるチームメイトの背中を叩く濱田選手。立花学園の夏が終わった。

翌日、最後のミーティングで志賀監督は感謝の気持ちを伝えていた。

「3年生本当にお疲れさまでした。色々なことを逆に学ばせてもらった代だなって凄く感じる。
Zoomで毎日ミーティングをやるの嫌だったと思うよ。甲子園がなくなって本当に気を落としたやつもいたと思うんだけど、その直後に濱田が全体ミーティングで『神奈川のてっぺんを獲るために今できることをやろう』って言ってくれたから本当に嬉しかった」

キャプテン・濱田選手は甲子園が無かったからこそ得たもの、伝えたいことを教えてくれた。

「自分たちは前例のない自粛期間があって、甲子園も無くなったという代ですけど、だからこそ得たものは大きいと思う。やっぱりこの立花学園でやってきたことが間違っていないというのは絶対に世の中に知らしめたい。自分も証明したいと思っていますし、それを全員に知ってもらうために自分も今後頑張っていきたいと思います。」

濱田選手は大学への野球推薦での進学が既に内定していて、トレーニングを始めるなど、次の目標に向けて動き出している。立花野球の挑戦はこれからも続いていく。

(ディレクター: 大山琢也、嶋雄士、四居由佳、方岡勢詞)

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フジテレビのスポーツニュース番組『S-PARK』(スパーク)は、8月2日(日)~30日(日)の5週に渡り 日曜S-PARK特別企画「2020夏 これが、僕らの甲子園。」を放送する。 
新型コロナウイルス感染拡大の影響で「春のセンバツ」と「夏の全国高校野球選手権」が中止になり、まさに夢を失ってしまった高校球児たち。
3年間、これまでの野球人生をかけて甲子園を目指してきた彼らは、「最後の夏」に何を目指し、何を思うのか…?

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