フロリダ州で15日、ドナルド・トランプ前大統領を銃で狙ったとみられる事件が起きた。トランプ前大統領に対する2度目の暗殺未遂事件は、11月の大統領選の行方を左右する「9月のびっくり」になるのだろうか。
“2度目の暗殺未遂”でハリス陣営は過激な批判を自粛か
米国の大統領選挙をめぐっては「10月のびっくり(October Surprise)」という言葉がある。選挙戦の最終局面で起きる出来事が選挙結果に決定的な影響を及ぼすことを言う。
有名なのは、1980年の大統領選挙で現職のジミー・カーター大統領がイランに囚われている人質の大使館員人質を救出する作戦に失敗して非難を浴びている一方で、ロナルド・レーガン候補(当時)が、外交の裏チャンネルを使ってイラン側と秘密裏に交渉し、レーガン氏が大統領に就任する日に人質を解放する合意を取り付けて選挙戦を勝利した例がある。
この記事の画像(12枚)そこで、15日に起きたトランプ前大統領に対する暗殺未遂事件だが、7月13日のペンシルベニア州バトラー市で集会中に狙撃されて耳を負傷した事件の記憶も新しい折もおり、前大統領に同情が寄せられるだけでなく、選挙戦のあり方にも影響を及ぼすことは間違いないだろう。
今回の事件で逮捕されたライアン・ラウス容疑者は「トランプを憎んでいた」と息子が証言しており(デイリーメール紙電子版16日)、民主党側のトランプ批判に煽られたことも考えられるので、今後ハリス陣営は前大統領を「独裁者」などと口をきわめて攻撃できなくなりそうだ。
一方、トランプ前大統領は、前回の暗殺未遂事件の後「神が私に使命を与えたから、私は死ななかったのだ」と集会で述べ、自身も以前よりも過激な言動を控えるようになり、米国の選挙に大きな影響力を持つ福音派キリスト教徒の支持を得てきたと言われているが、今回の事件はこの前大統領の言動を補強して保守派キリスト教徒の支持を広げそうだ。
ケネディ氏のトランプ陣営参加も“プラス材料”に
もう一つ前回と違うのは、父と叔父を暗殺で失ったロバート・ケネディ・ジュニア氏が選挙戦を降りてトランプ陣営に参加していることだ。
「暴力に屈してはならない」と訴えることで、トランプ陣営の結束を固めるのに寄与するだろうし、党派を超えていまだに年長者に数多いジョン・ケネディ大統領やロバート・ケネディ司法長官の崇拝者をトランプ側に取り込むきっかけになるかもしれない。
さらに、前大統領はシークレットサービス法によって退役後も身辺警護の対象になるが、その規模は現職大統領に比べて劣ると言われ、前回の事件の後トランプ前大統領には特別に人員や予算も増やすと決められたという。
しかし、今回も現職大統領ならゴルフ場全体を隔離状態にすべきところ、金網越しにゴルフ場が見える場所まで容疑者の接近を許すような体制しかとらなかった。また、容疑者が逃げた後も一般人が逃走車の写真を撮っていたため緊急逮捕ができたという有様だった。
シークレット・サービスは国土安全保障省の組織で、そのあり方をめぐる問題は行政府ひいてはハリス陣営批判につながることになるかもしれない。
ちなみに前回の暗殺未遂事件の後に行われたCBSニュースの世論調査で、トランプ前大統領の支持率は事件前より2ポイント上がって52%に、バイデン大統領は1ポイント下がって47%だった。同時に行われた調査で回答者の26%が「暗殺未遂事件でトランプに投票が傾いた」としていた。この後もトランプ優位の情勢は変わらず、バイデン大統領の撤退に結びついた。
やはり今回の事件は、ひと月早い「9月のびっくり」と言われるようになるのではなかろうか。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】