春夏合わせて6度の甲子園出場。最高成績は2012年春のベスト4。

プロ野球選手も多く輩出する、群馬の名門・健大高崎。

その中でプロを目指しながら、新型コロナウイルス感染拡大の影響でスカウトへのアピールの舞台を無くしたエースと、それを支えるキャッチャーがいた。

「甲子園」が無くなった高校球児たちは、“最後の夏”に何を目指し、何を思うのか。

球児たちのリアルに迫った。

「2020夏 これが、僕らの甲子園。」連載はこちらから
 

「甲子園優勝」に全てをかけてきた2人の球児

健大高崎のエースを担い、プロを目指すピッチャー下慎之介選手(写真右)と、女房役でありチームのキャプテンを務める戸丸秦吾選手(写真左)。

共に雑誌などでも掲載されるなど、メディアも注目をするトップ選手だ。

中学生時代に地元・高崎ボーイズで初めてバッテリーを組み、今年で6年目を迎える。

お互いの性格を正反対と話す2人に、学校で野球の話をするかどうか聞くと、声を揃えて「全くしないです」と笑う。

下選手が「戸丸の周りには女の子しかいなくていけないんですよ」とおどけると、戸丸選手が「インタビューに来る人に学校の話を振られると、みんなにそれを言うんですよ」と返すように、本当に仲が良いバッテリーだ。

名門高校の中心選手へと成長を遂げた2人には、固く誓い合った「日本一のバッテリー」になるという夢がある。

その夢を目指すきっかけは下選手の発言からだった。

「自分から戸丸に話したんですけど、自分の中ではどのバッテリーよりも強い絆があると思ってるので」

戸丸選手もその言葉に応える。

「エースがそう言うのなら、自分も頑張って日本一のバッテリーとして、日本一のキャッチャーにならなくてはいけないと思いましたし、その時チームが日本一を目指していたので、チームとしてもバッテリーとしてもいい目標ができました」

甲子園で日本一となり、真の「日本一のバッテリー」を目指す2人は、2019年秋、各地方の優勝校が集う“甲子園の前哨戦”とも言われる明治神宮大会で準優勝し、夢は現実へと近付いていた。

しかし2020年3月、新型コロナウイルスの影響で、出場を決めていた春のセンバツが中止になり、5月20日には最大の目標だった夏の甲子園すらも失った。

6年分のバッテリーの夢が、潰えてしまった。

その日、下選手は2人の夢である「日本一のバッテリー」と書かれた野球ノートにこう記していた。

ついに今日、夏の甲子園、予選共に中止。

「日本一のバッテリー」

戸丸となら、絶対に達成できると思っていました。

その目標を目指すチャンスさえ与えられないのは、とても悔しいです。

どん底の彼らに光が差したのは、3週間後の事だ。

青柳博文監督がメンバーを集め、活を入れ直すように大声で呼びかけた。

「高野連から連絡があって、センバツの代替試合ということで8月の中旬に甲子園球場で試合できる事が決まった」

春のセンバツに出場予定だった高校が甲子園で1試合のみ試合を行う、2020年甲子園高校野球交流試合が決定。

全国制覇・日本一の夢を果たすことはできないが、2人には甲子園の舞台で「やるべき事」があった。
 

プロになるためのアピールの場

下選手が甲子園の舞台で戦いたかった理由についてこう話す。

「プロ目指している立場上、甲子園はアピールできる最後の舞台だという認識はある」

そして女房役を務める戸丸選手はそれを支える気持ちでいる。

「やっぱり下が一番良いピッチャーと言ってもらえるように、自分自身やらなきゃいけないことは多いです」

多くの3年生は推薦で大学進学が決まっている中、プロを目指す下投手は、まだ進路の見通しが立っていない。

例年なら春先から夏にかけ毎週のように練習試合を行い、プロ注目選手となれば多くのスカウトが視察に訪れる。

しかし、今年は新型コロナウイルスの影響で自粛期間もあり、実戦の場が激減。

スカウトに見てもらう機会を無くし、進路が決まらない日々は焦りを生んでいた。

「皆が進路決まっている中で、自分だけ最後まで決まらずそわそわしているという焦りは、正直に言うと本当に自分の中では不安の方が大きいですが、自分で決めた道なので…」

8月の甲子園でスカウトにアピールする。それが彼らの目標となっていた。

そもそも下選手がプロを目指す理由は何なのだろうか。

「両親に今まで支えてきてもらったという思いが、年末に特に込み上げてきて、そこで早く楽をさせてあげようと思ってプロ志望を決めました」

実家の部屋で読んでいた輝く紙面が、その思いをかりたてる。

「やっぱり巨人の開幕戦を見ていて、学校の先輩の湯浅さん(湯浅大・読売ジャイアンツ所属)が出たときは『あっ』となって、この間まで地元の敷島球場で見てた人だと思って、自分が早くそんな風になれたらなと思いました」

小学2年生から野球一筋だった下選手には、反抗期が無かったと両親は話す。

母が「反抗期がなかったので。なんかすくすく小さい頃のまま」と話すと、父は「反抗期はなかったけど俺には反抗してたな」と茶化す。下選手も「そんな強い反抗じゃないじゃん」と、本当に仲がいい家族だ。

しかし母は、「プロ野球は所詮一握りの人しかなれないと聞いていましたし、中学の時もプロ野球選手になりたいと言ったときは、『中学にもなってもまだプロ野球選手になりたいと言っているの?』と、逆にもうちょっと違う進路はないのかと私は思っていた」と、心配だった。

父も「公務員とか…」と堅実な道を求めていた。

一方で巨人二軍監督の阿部慎之助さんにちなんで名付けた我が子が、無我夢中で野球に取り組む姿を見るにつれ、「悔いないように、出し切ってくれれば、私たちも満足して良かったって思えるかな」と、今ではその夢を応援するようになった。

両親への恩返しを胸に目指す、プロ野球の舞台。

しかしその道は決して平坦ではない。
 

夏の大会直前に勝負に出る

スカウトも訪れた6月20日の栃木県の青藍泰斗との練習試合では、ホームランも打たれるなど、5回4失点。

「今日は調子が悪かった」と話す下選手に、戸丸選手からも厳しい言葉が飛ぶ。

「これだけ注目されている分、自分達からも求めるものは大きくなってくると思うので、色々とプレッシャーになってくると思うんですけど、そういうのには応えて欲しいなと思いました」

6年間共に戦ってきた女房役は、厳しい言葉をかけてでも相棒の助けになりたかった。

「いろいろなメディアやスカウトの方々に注目されるようになって、やはり色々な意味でプレッシャーを感じているのかなと思うので。
そういうところも自分自身が安らげてあげるというか、力みを取ってあげないといけないのかなと思っているので、そういう役目ももう一度ちゃんとやりたいと思っています」

戸丸選手は相棒を輝かせるための道筋を必死で考えていた。

彼の野球ノートには、

ただ143キロの球を投げても意味はありません。

大切なのは、コースと高さ

160キロの甘い球は誰でも打てます。

と書かれていた。

戸丸選手が「最近まっすぐが高めに抜けてしまっているので。それはとにかくズバズバとメンタルに来るぐらいまで言いたいなと思ってる」と話すように、ボールが高めに抜ける「抜け球」が今の課題だ。

壁に直面する相棒のため、「高さ、高さを意識して!」「もっともっと!」と練習にも熱が入る。

女房役の後押しに応えるべく、下投手も、大きな決断をしていた。

「投げ方を横目に意識したら抜け球が減ってるので、結構感覚いいです。横に近いスリークォーターみたいな。
元々横の角度がある投げ方をしていたので、そこを無理矢理上の角度を出そうとしたら、逆に横幅の角度がなくなってしまって。一回元に戻してみた感じです」

高めの抜け球を抑えるため、リリースポイントをさげ、夏の大会直前にも関わらず投球フォームを変更するという勝負に出た。

迎えた群馬県の独自大会では、多くのスカウトが見守る中、準決勝までの3試合で16イニング17奪三振。

積み上げた練習は、成果となって現れていた。

戸丸選手も「下のピッチングの理想を持っていたが、その理想に近づいてきた」と満足そうだ。

「指にかかる感覚があったし、今の感覚は神宮大会準優勝の秋よりいい」と話す下選手だったが、決勝では地元の強豪校・桐生第一に5-6と力を発揮できないまま負けてしまい、ベンチで涙した。

「泣くな、泣くこと無い、まだ甲子園があるから、甲子園」

そう声をかける戸丸選手。

2020夏、2人にとっての甲子園は「プロへの扉を開く6年間の集大成」だ。

「下は各地にいるプロ注目選手の中でも、ずば抜けてはいないかもしれないですけど、注目されるようになるためには自分たちも勝たなくては行けないですし、とにかくマウンドの上で輝いてほしいので。やっぱり下が一番いいピッチャーと言ってもらえるように」

「戸丸とも6年やって来て、バッテリーを組めるのも本当に最後なので、最後の甲子園まで自分のできるだけいいボールを戸丸に捕ってもらいたいという想いで今います」

そう話したバッテリー。
 

迎えた甲子園での最後の試合

8月16日に行われた、2020年甲子園高校野球交流試合5日目、北海道の帯広農業高校との試合。

2人で臨む最初で最後の特別な夏だ。

一回表、ランナーを一塁に背負ったバッテリーだったが、戸丸選手が強肩で盗塁を防ぐ。

二回、満塁のピンチを背負うと戸丸から開き気味の体を閉じるようジェスチャー。しかし低めにコントロールできず、2失点と先制を許す。

その裏、チャンスで戸丸選手が思い切り振り抜いた打球はレフトの頭上を超えるタイムリーツーベース。

そして四回、母・幸子さんも見守る中、最後の最後でみせた魂のピッチング。

三振で終え、四回57球、5安打3三振1四球3失点とまずまずのピッチングで、2人で駆け抜けた夏は特別な夏は終わりを告げた。

試合は1―4で帯広農業の勝利。

試合終了の二時間後、甲子園での試合を終えた今の心境を聞いた。

下選手:
県大会や関東大会などで感じたことのないような雰囲気を感じたので、そこで少し飲み込まれてしまったのかなというのは自分の中であります。

戸丸選手:
勝てなかったということは凄く悔しいですし、下を自分自身活かしきれなかったなという反省点があります。

――試合振り返って学んだことは?

下選手:

レベルの高い舞台に行って今日の悔しさをぶつける場所を作りたいと想いますし、やはり今日の試合で学ぶことも多かったので、そういう事を次につなげていければいいなと思います。
 

次なるステージへと向かう2人。今月末からはプロ志望届を提出した高校生を対象にアピールの場を設けるためNPBと高野連が開催する合同練習会も行われる。

下選手は「まだ行くかわからないですけど、もし行くのであれば自分のできることをその日まで精一杯やって自分の実力をしっかり出し切れたらいいと思います」と前を見据える。

戸丸選手も「下から一人で練習することがきつければ下から誘いがあれば自分も一緒にやるので、下がちゃんとドラフトにかかったりできるように、色々と手助けしていきたいというふうに思います」と最後まで女房役を務めるつもりだ。

――2人に取って甲子園は?

戸丸選手:
野球が一番楽しめる舞台で会って、野球が一番悔しがれる舞台だと思いました。

下選手:
ここまで来れたのも戸丸のおかげだと思いますし、またこの舞台で野球がしたいとも思いましたし、このユニフォームを着て試合をすることはできないんですけど、また違う環境の中でああいう場所を目指して、最終的には活躍ができればいいなと思っています。
 

6年間バッテリーを組んだ2人が経験した甲子園。

この経験を糧に、お互いを支え合った2人の人生はこれからも続いていく。

(ディレクター:北原由姫乃、波多野宏)

「2020夏 これが、僕らの甲子園。」連載はこちらから
 

フジテレビのスポーツニュース番組『S-PARK』(スパーク)は、8月2日(日)~30日(日)の5週に渡り 日曜S-PARK特別企画「2020夏 これが、僕らの甲子園。」を放送する。 

新型コロナウイルス感染拡大の影響で「春のセンバツ」と「夏の全国高校野球選手権」が中止になり、まさに夢を失ってしまった高校球児たち。

3年間、これまでの野球人生をかけて甲子園を目指してきた彼らは、「最後の夏」に何を目指し、何を思うのか…?

「S-PARK」
毎週土曜24時35分~25時15分
毎週日曜23時15分〜24時30分