気分が上がるお気に入りの香水。服を肌触りよく、いいにおいに仕上げる柔軟剤。夏に欠かせない、汗のにおいを抑える制汗スプレー…。

あなたの使っているこうした香りが、他の人の体調不良を引き起こす可能性があることをご存じだろうか。

普通の人なら気にならない程度のにおいによって、「嗅覚過敏症」の人に健康被害が出ることを「香害(こうがい)」という。

自分にとってはいいにおいでも人にとっては苦痛の場合も?(画像はイメージ)
自分にとってはいいにおいでも人にとっては苦痛の場合も?(画像はイメージ)
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嗅覚過敏症の人は決して数が多いわけではないが、日常生活を送るのが難しいほど深刻な症状が出る場合もある。

自分はそんな人たちに迷惑をかけていないだろうか。また、自分が周りのにおいに悩んでいる場合はどうすればいいのだろうか。

香害や嗅覚過敏症に詳しい千葉大学予防医学センターの坂部貢さんに話を聞いた。

嗅覚過敏症は女性に多い? 

「嗅覚過敏症は、普通の人なら、“いいにおいがするな、なんだか嫌なにおいだな”程度に感じるにおいに神経が過剰に反応して、様々な症状が出てしまう状態です」(以下、坂部さん)

症状には、頭痛、体の痛み、動悸、涙が出るなど様々なものがあり、程度に個人差がみられる。酷い場合は、苦痛のあまり会社や学校に行けなくなる、引っ越さなければならなくなるなど、日常生活に支障をきたすこともある。

においで頭痛などの症状が出ることも(画像はイメージ)
においで頭痛などの症状が出ることも(画像はイメージ)

坂部さんによれば、嗅覚過敏症の人の数を正確に把握するのは難しいとのこと。ただし、なんらかの化学物質過敏症を持っている人が5人に1人程度はいるという統計があり、そのような人たちはにおいにも影響を受けやすい可能性があるという。

また、アトピーやぜんそく、花粉症など、元来アレルギーがある人もにおいに過敏になりやすい傾向があるそうだ。

「なお、嗅覚過敏症の症状が出るメカニズムは、免疫の反応によって起こるアレルギー反応とは異なります。ただし、嗅覚過敏症の人の中には柔軟剤のにおい成分を包んでいる入れ物(マイクロカプセル)にアレルギーを持っている人もいるので、紛らわしいのですが」

坂部さんの見立てでは、嗅覚過敏症を発症している人の7~8割が女性だという。これには女性ホルモンが関係しているようだ。

「女性はホルモン分泌の周期により体調に波があります。その影響で、普段は大丈夫でも周期的なタイミングで特定のにおいに不快感を覚えたり、食べ物を受け付けなくなったりするということがしばしばあります。そういった意味で男性よりもにおいに影響を受けやすいと言えます」

においで嫌なことまで思い出す

においに対して人一倍感受性が強い嗅覚過敏症の人は、香り付き合成洗剤や香水のにおいに強く反応が出ることがある。中でも特に柔軟剤のにおいに悩まされているケースが多いという。ただし、「どんなにおいがダメでどんなにおいならOK」という基準はないとのこと。化学物質を使っていなければいいというわけでもなく、天然素材のアロマオイルのにおいがダメな人もいる。

「問題は、そのにおいが人工的なものか自然なものかではなく、その人にとって心地いいか不快かどうかなのです。あるにおいがAさんにとって心地よくてもBさんにとってはそうではないこともあり、その逆もある。そして、その快・不快が脳の反応を変えるのです」

服をやわらかく仕上げる柔軟剤のにおいが苦手な人もいる(画像はイメージ)
服をやわらかく仕上げる柔軟剤のにおいが苦手な人もいる(画像はイメージ)

人は心地いいと感じるにおいを嗅いだ時に、脳のいろいろな場所が活性化する。 一方で不快なにおいを嗅いだ時は、怒りや不安といったネガティブな感情が起きる。

そして、においの記憶はそれにかかわる記憶と合わせて長期保存される。

「例えば、苦手な人や嫌いな人がつけている香水があるとします。その人がいないところでその香りを嗅いだ場合でも、その人にまつわる不快な記憶が想起されてしまうのです」

これが、ある人にとっては心地いいにおいが、ある人にとっては不快なにおいになってしまう理由だ。

こうした、においと記憶のメカニズムに強く影響されてしまうのが嗅覚過敏症なのだという。

香害を防ぐためにできること

嗅覚過敏症は、その人にとって不足しているビタミンやミネラルを補うことで改善する場合もあるという。しかし、根本的な解決は、においの発生源を絶つしかないとのこと(発生源対策)。そしてそれは、本人の努力ではどうしようもない。

「ですから、社会にはにおいに過敏な人がいることを念頭に置いて、周りの人が気を配ることが一番のトラブル予防になるのではないでしょうか」

具体的には、次の2点を忘れずに意識しておくといいという。

・自分にとってはいいにおいでも、他人にとってもそうだとは限らない
・自分がまとっているにおいの強さは分かりにくい

なお香水など嗜好品の香りは、使っているうちに強くなってしまう傾向があるので、家族や親しい人に時々自分のにおいの強さを聞いてみるといいだろう。

最後に、自分が「嗅覚過敏症かもしれない」と思い当たる人は、まずは横浜市にある化学物質過敏症支援センターに相談してみてほしいと坂部さんは勧める。

一般的な嗅覚を持つ人にとっては全く気にならないうえに、個人によってダメなにおいや症状が違う点が香害問題の難しさだ。そのような中で、まずはこうした問題があることを理解することが大切なのではないだろうか。

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坂部 貢(さかべ・こう)
千葉大学予防医学センター特任教授。日本臨床環境医学会理事長。専門は、臨床アレルギー、臨床環境医学(環境過敏症)。北里大学北里研究所病院アレルギー科部長、同臨床環境医学センター長、東海大学医学部教授等を経て現職。

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