トランプ米前大統領がいわゆる「口止め料」裁判で有罪になったのを機に「もしトラ」が「もしバイ」に米政界の流れが変わってきたようだ。
アメリカの有力誌が「もしバイ」
米誌「タイム」6月24日号は、その表紙にバイデン大統領がカメラをにらみつけているようなモノクロの写真を掲載し「もし彼が勝てば(If He Wins)」と見出しをつけた。
“We are the world power.”
— TIME (@TIME) June 4, 2024
In an exclusive interview with TIME, President Biden discussed his efforts to lead a turbulent world https://t.co/xCIfVwMx2n pic.twitter.com/EdL3ubhKiv
実はそのほぼ1カ月前の5月27日号の同誌の表紙は、トランプ前大統領が両手を組んで眉をひそめているやはりモノクロの写真に「もし彼が勝てば」と同じ見出しをつけたものだった。
In exclusive interviews with TIME, Donald Trump lays out a second-term agenda that would reshape America and its role in the world https://t.co/TRdKsK5fGh pic.twitter.com/bn9sTqzMaS
— TIME (@TIME) April 30, 2024
いずれも11月の大統領選で当選した場合の抱負などをインタビューを基にした記事を特集したものだが、トランプ前大統領の記事には次のような記者の前置きがあった。
「2024年の大統領選挙まであと6カ月となったが、トランプはこれまでの選挙戦のどの時点よりも、ホワイトハウスを勝ち取るために有利な立場にある。ほとんどの世論調査で、ジョー・バイデンを僅差でリードしており、その中には結果を左右しそうな7つのスイング・ステート(選挙のたびに勝利政党が変動する激戦州)のうちのいくつかも含まれている。しかし、私は選挙について、前回の選挙に続く不名誉について、あるいは彼が前アメリカ大統領として初めて、そしておそらく未来のアメリカ大統領として刑事裁判を受けることになった経緯について聞きに来たのではなかった。トランプが2期目に当選したら何をするのか、彼自身の言葉で国家に対するビジョンを聞きたかったのだ」
このインタビューは4月12日に行われたとあり、「口止め料」裁判の帰結が予想できない時だったにもかかわらず、今回の大統領選ではトランプ前大統領が優勢であることを前提にしたものだった。まさに「もしトラ」の特集記事だったと言えるだろう。

一方、6月24日号のバイデン大統領へのインタビューは5月28日に行われたとある。トランプ前大統領が34件の訴因全てで有罪になった前日のことだ。しかし、同誌電子版に載った記事とインタビューの記録を読む限りでは、この裁判にはいっさい触れていない。選挙に関わる問題を取り上げたのは終盤の次の問答だけだった。
記者:
大統領任期の最後の2年間は、通常、外交問題に焦点が当てられます。あなたは81歳で、退任時には86歳になっています。民主党を含むアメリカ国民の大多数は、世論調査に対して、あなたが指導者としては年を取りすぎていると思うと答えています。85歳の老人にこの仕事ができるでしょうか?
バイデン大統領:
僕は君が知っている誰よりもうまくやれるよ。
記者:
年齢を考えて再出馬を諦めようと考えたことはありませんか?
バイデン大統領:
ノー、ないね。
バイデン大統領とのインタビューは、ガザ問題やウクライナ情勢、それに中国との関係など外交問題に終始し、それもバイデン政権2期目の課題というよりは1期目に残された課題への対応が取り上げられたようにも思えた。それを「もし彼が勝てば」という見出しで伝えたのは、「口止め料」裁判の判決で大統領選を取り巻く状況が「もしバイ」、つまりバイデン大統領の再選もあり得る情勢が浮上してきたからではなかったか。
世論調査でバイデン氏がわずかにリード
6月3日~6日に行われた米ヤフーニュース/YouGovの世論調査では、バイデン大統領の支持率が46%でトランプ前大統を2%上回った。大統領がトランプ前大統領をリードするのは2023年10月以来。その差はわずかだが「口止め料」裁判での有罪評決後に支持率が逆転した意味は大きい。
また、トランプ前大統領への有罪評決の直後に行われたロイター通信とイプソス世論調査会社の共同調査では、共和党支持者の10%が「有罪評決でトランプには投票しないことにした」と回答し、無党派層でも25%が同様に答えている。

この心変わり票が大統領選挙にどのように影響するかは断定できないが、米国の大統領選挙の勝敗はほんの一握りの州での僅差を積み重ねて決まる。
前回2020年の場合なら、バイデン大統領はトランプ前大統領に選挙人数で74人の差をつけて勝利したが、その差は前大統領から奪還したスイング・ステート3州(アリゾナ州、ジョージア州、ウイスコンシン州)に割り当てられた選挙人37人を「行ってこい」で2倍増したものと同数だ。この3州で勝ったことがバイデン大統領の勝利につながったと言っても良いだろう。しかも、この3州の票差は合わせても4万4000票足らずだった。
世論調査だけでなく、6月7日に行われたニュージャージー州の予備選挙で同州の共和党の上院議員の候補者にトランプ前大統領が推薦した人物が落選し、前大統領のライバルが推薦していた人物が当選するということになった。

つまり、今回の「口止め料」裁判の有罪評決は、有権者の態度に劇的な変化こそ呼び起こさなかったものの、じわじわとトランプ前大統領を追い込んでいるように見える。
さらに、7月11日にはトランプ前大統領への量刑言い渡しがある。その量刑次第ではトランプ懐疑派が増え、「もしバイ」の可能性が強まることになることは十分予想できる。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】