ドナルド・トランプ米前大統領に対するいわゆる「口止め料」裁判が、34件全てで前大統領が有罪という一方的な結果になったのは、陪審員の一人が味方をしてくれるという誤った期待感を前大統領側が抱いて反論を怠っていたからだという。

「私の陪審員」の“反乱”なく…

米国の大衆文化を扱う雑誌「ローリング・ストーン」の電子版が30日に伝えたもので、トランプ陣営は陪審員の一人がニューヨーク検察当局の訴えを懐疑的に見ていると考え、有罪評決が下されないよう対処することに望みをつないでいたという。

ニューヨーク州の刑事事件の裁判では、有罪評決は12人の陪審員全員一致が前提で、審議を重ねても合意しない陪審員が一人でも残れば「評決不能」となり、検察が起訴をしなおせば再審理されることになる。

有罪評決後、「不正な恥ずべき裁判だ。私は無実だ。最後まで戦う」と述べたトランプ氏(5月30日)
有罪評決後、「不正な恥ずべき裁判だ。私は無実だ。最後まで戦う」と述べたトランプ氏(5月30日)
この記事の画像(4枚)

トランプ陣営が目をつけた陪審員は、そのボディランゲージ(身振りなどによる表現)から弁護側に好意的と判断され、温かみのある微笑と頬の動きなどは前大統領が有罪を免れるのに役立つ評決不一致の可能性を示唆していると陣営は考え、内部的な会議などで前大統領はその陪審員を「私の陪審員」と呼んでいたという。

トランプ陣営がこの陪審員の“反乱”に頼りすぎたためかどうかは不明だが、弁護側は新たな証拠を提示するよりも検察側の証人に対する反対尋問に重点を置いた印象で、検察側の証人も22人中2人にすぎなかった。また、決定的な判断要素になるとも考えられたトランプ前大統領自身の証言も、弁護側が前大統領の「失言」を恐れて実施しなかったため、対応が消極的だったとも言われている。

有罪を伝える新聞
有罪を伝える新聞

そうした中で裁判は29日に終結し、12人の陪審員全員がそれぞれの訴因で一致して前大統領を有罪としたわけだが、トランプ陣営の複数の内部関係者は「私の陪審員」は34件の訴因のどれかで無罪にできたはずだといまだに幻滅しているという。

「陪審員2号」の人物像は

その陪審員が誰だったかはこれからも不明だろうが、実は私も評決不能の“反乱”があるとすればこの人物かもしれないと考えていた男性陪審員がいた。

「陪審員2号」がその人で、ニューヨーク・タイムズ紙が陪審員任命の際の質疑からその人物像を次のように伝えていた。

「陪審員2号は金融関係の仕事をしており、ヘルズ・キッチンに住んでいる。ハイキング、音楽、コンサート、ニューヨークを楽しむことが好きだという。彼は、重要参考人になると予想されるトランプ氏の元フィクサー、マイケル・D・コーエン氏をSNSでフォローしていると語った。しかし、トランプ氏の元顧問ケリーアン・コンウェイのような人物もフォローしていたという。彼は、トランプ氏は国のために良いこともしたと信じているとも述べ、『それはどちらにも当てはまる』と付け加えた」

有罪評決受けて会見を行い、控訴する意向を明らかにした(5月31日)
有罪評決受けて会見を行い、控訴する意向を明らかにした(5月31日)

まず、トランプ政権の大幅な規制緩和策の恩恵によくしたのは金融関係者のはずだ。住まいの「ヘルズキッチン」というのは、マンハッタンのミッドタウン西側のハドソン川に至る地域で、再開発されて高級住宅街として知られる。小室圭さんと眞子さんが新婚の住まいを設けたのもこの地域で、陪審員2号は少なくとも民主党の社会保障を期待するような人物ではなさそうだ。

コーエン氏をSNSでフォローしていたのはこの事件に関心があったと考えられるが、2016年にトランプ氏の選対本部長を務めた後、大統領顧問に就任したバリバリのトランプ信奉者のコンウェイさんの言動は、トランプ氏に少しでも理解がなければ耐え難く、フォローできないだろう。

そして「トランプ氏は国のために良いこともしたと信じている」という発言だ。このニューヨーク・タイムズ紙の記事を見る限りでは、陪審員の選任の際に検察側がこの人物によく拒否権を発動しなかったものだと思えたが、この人もトランプ前大統領を34件全ての訴因で有罪と判断したわけだ。

この陪審員2号がトランプ陣営が「味方」と勘違いした人物かどうかは分からないが、いずれにせよ人の正義感や信念はその人の振る舞いや人物像から判断できるものではないことをトランプ陣営の関係者、そして私も思い知らされることになったようだ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。