米最高裁の保守派の判事が、トランプ支持派のデモ隊が連邦議会に乱入したのに同調するように自宅に星条旗を逆さまに掲揚していたことが分かり、この事件をめぐる最高裁での判断への影響が懸念されている。
最高裁判事が星条旗を逆さまに掲揚
米国のほとんどの州の学校では、毎朝始業時に生徒たちが左手を右胸に当てて次のような「忠誠の誓い」を唱える。
「私はアメリカ合衆国国旗とそれが象徴する万民のための自由と正義を備えた、神の下不可分の国家である共和国に忠誠を誓います」
つまり、米国人は幼い時から国旗に対する尊敬の念を教え込まれているわけで、その取り扱いも「国旗法」という連邦法で詳しく規定されており、その8章(a)には次のように定めてある。
「国旗は、生命や財産に極度の危険が及ぶような場合や、切迫した遭難の合図として掲揚される場合を除き、決してユニオンを下げた状態で掲揚されるべきではない」
この記事の画像(4枚)ここで「ユニオン」というのは、星条旗の左上に青地に50州を象徴する白い星が描かれた四角い部分のことで、国旗が制定された1775年当初はこの部分に英国旗「ユニオン・ジャック」が描かれ、国旗そのものも「グランド・ユニオン」と呼ばれたことに由来する。つまり、この部分が下になるように、星条旗を逆さまに掲揚することは法律で禁止されているのだ。
その連邦法を、こともあろうに最高裁判事が犯したのだ。それも、全米を震撼させたトランプ支持派のデモ隊が連邦議会に乱入し一時占拠するというクーデターまがいの事件直後の2021年1月17日のことで、ワシントン近郊のバージニア州アーリントン郡にあるサミュエル・アリート最高裁判事の自宅前の旗竿に掲揚された星条旗が逆さまだったことを、今になってニューヨーク・タイムズ紙が突き止め、16日の電子版でその写真を掲載して明らかにした。
An upside-down American flag — a symbol embraced by Donald Trump’s supporters who falsely claimed the 2020 election was stolen — flew at Justice Samuel Alito’s home while the Supreme Court was considering an election case in early 2021. https://t.co/erCgpAZIDj pic.twitter.com/uwQOBNFOJY
— The New York Times (@nytimes) May 16, 2024
星条旗を逆さまに掲げるのは権威に対する抵抗の意思表示と考えられ、トランプ支持派が2020年の選挙は民主党に「盗まれた」と抗議する際に象徴的に使われている。
アリート判事は共和党のブッシュ大統領の指名で2006年1月に最高裁判事に就任し、9人中6人の保守系判事の1人で、米国で妊娠中絶を半世紀保障していた「ロー対ウェード判例」を2022年に最高裁が覆した時には、中絶反対論を主導したと言われている。
そこでアリート判事は、選挙結果を覆そうと議会に乱入したデモ隊に「連帯の意思表示」をしたのではないかと疑念を招いた。また、これは「国旗法」違反は明らかだが、その条文は「決してユニオンを下げた状態で掲揚されるべきでない」と義務化をうたっているだけで罰則規定はないので、同判事は法的には不問に付された。
それでも、公正中立を旨とする最高裁判事としていかがなものかと批判を呼んでいたさ中、新たな「旗疑惑」がアリート判事をめぐって巻き起こった。
独立戦争時の“植民地の旗”を別荘に掲げる
今度もニューヨーク・タイムズ紙が暴露したのもので、アリート判事のニュージャージー州ロングビーチ・アイランドの別荘に、2023年7月と9月に「appeal to heaven flag(天に訴える旗)」と呼ばれる旗を掲げていたと22日の同紙電子版が写真と共に伝えた。
Breaking News: A second provocative flag linked to Jan. 6 was flown at a home of the Supreme Court justice Samuel Alito. https://t.co/DCnJ1drXPR pic.twitter.com/MB3JN3TapZ
— The New York Times (@nytimes) May 22, 2024
この旗は独立戦争の際にニューイングランド地方の植民地の旗として使われたもので、白地に松の木があしらわれている。以来米国のキリスト教右派グループや国家主義グループの旗として扱われ、2021年の議会乱入事件の際もデモ隊の中にこの旗を担いでいるものが見られた。
アリート判事はこの旗の掲揚についても沈黙を守っているが、ことここに至って同判事は確信的なトランプ支持者ではないかという疑念が深まり、連邦議会乱入事件をめぐるトランプ前大統領の裁判には関わるべきではないという声が広まっている。
米国の最高裁判事の裁判への関わりについては、行政府も立法府も立ち入る権限はない。今後はアリート判事の決断ひとつということになるわけで、この問題しばらくワシントンを賑わすことになりそうだ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】