米国のトランプ前大統領に対する「口止め料」裁判は、陪審員の人選も終わり、22日から東部ニューヨーク州地裁で実質審議が始まったが、「キャッチ・アンド・キル」というトランプ陣営の組織的な不正選挙が暴かれる場になってきた。

口止め料裁判で“不正選挙”裁かれるか

この裁判は、2016年の大統領選挙の終盤にドナルド・トランプ前大統領の顧問弁護士がポルノ女優に前大統領との不倫関係を口外しない「口止め料」として13万ドル(約2000万円)を支払い、後に前大統領が弁護士に「顧問料」として補填したことが業務記録改ざんにあたると訴追されたもので、本来ならmisdemeanor(軽犯罪)として禁錮1年未満の容疑だった。また「口止め料」も法的には禁止されていないので、トランプ陣営は「形式犯」に過ぎないと反論していた。

22日、冒頭陳述を行ったコランジェロ検事(右)(4月22日の廷内スケッチより)
22日、冒頭陳述を行ったコランジェロ検事(右)(4月22日の廷内スケッチより)
この記事の画像(4枚)

しかし公判を担当するマシュー・コランジェロ検事は22日に行った冒頭陳述で、前大統領に対する容疑は不正選挙の陰謀の一部だったと次のように述べた。

「これは、2016年の選挙に影響を与え、ドナルド・トランプが当選するよう彼の行動について何か悪いことを言う人々を黙らせるために、違法な支出を通じて計画され、調整された長期にわたる陰謀であった。一言で言えば単純な選挙詐欺だったのだ」

ニューヨーク州の刑法は「業務記録の改ざんが他の犯罪を犯す意図によるものである場合、またはその犯罪の遂行をほう助もしくは隠ぺいする意図が含まれている場合はfelony(重罪)として起訴することができる」と定めている。

つまり、この裁判は「口止め料」裁判と呼ばれているものの、裁かれるのはそれを隠ぺいしたトランプ陣営の不正選挙で、証人喚問も「口止め料」を支払った顧問弁護士や受け取ったポルノ女優ではなく、それを仲介した大衆誌『ナショナル・エンクワイアラー』の元発行人ディビッド・ぺッカー氏の証言から始まった。

元発行人が証言した「キャッチ・アンド・キル」手法

ぺッカー氏は、トランプ前大統領が第1回目の出馬宣言をした直後の2015年8月に前大統領と顧問弁護士のマイケル・コーエン氏と会い、ペッカー氏はトランプ氏の「目となり耳となって」評判を悪くするような話、特に女性関係に関する情報が流布されそうになれば抑え込むことで同意したと述べた。

2016年大統領選への協力のため“極秘の合意”があったと証言したペッカー氏(4月23日の廷内スケッチより)
2016年大統領選への協力のため“極秘の合意”があったと証言したペッカー氏(4月23日の廷内スケッチより)

ポルノ女優への「口止め料」はこの同意に基づいて支払われたわけだが、この他にもぺッカー氏とコーエン氏は、前大統領の住まいがあるニューヨーク5番街のトランプタワーのドアマンから前大統領が婚外子をもうけたという話の売り込みがあると、根拠のない情報と知りながら記事を3万ドル(約450万円)で買い取ったり、米誌「プレイボーイ」のモデルが前大統領との関係について暴露する話を15万ドル(約2250万円)で買い取り、ボツにしたことを明らかにした。

「ディビッド・ペッカー、トランプの口止め料裁判で『キャッチ・アンド・キル(catch and kill)』陰謀を証言」

24日のNBCニュースは、こういう見出しでこの証言を伝えた。

英語には「キャッチ・アンド・リリース(catch and release)」という言葉がある。魚資源の保護という観点から「釣り上げた魚は生きたまま再放流する」ことで、不法移民を国境地帯で検挙した後、入国審査まで釈放するような時にも使われる。

トランプ前大統領の運命は12人の陪審員の正義感に委ねられるか…
トランプ前大統領の運命は12人の陪審員の正義感に委ねられるか…

それをもじって「(悪い評判を)捉えたら殺す」と言い換えると穏やかではないが、killという単語は「殺す」という意味の他に原稿などを「ボツにする」という表現にも使われる。2016年の大統領選挙でトランプ氏が当選したのも、同氏にとって不都合な話を手を回して「ボツ」にしたからだというのが検察側の主張だ。

裁判は、事実関係では争う余地も少ないことから、今後はこの「キャッチ・アンド・キル」の蓋然性をめぐって質疑が展開されると予想され、トランプ前大統領の運命は12人の陪審員の正義感に委ねられることになりそうだ。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。