北陸新幹線の金沢・敦賀間が開業し、東京から乗り換えなしで訪れることができるようになった福井県。アクセスは圧倒的に向上した。

開業当日の3月16日、多くの観光客らでにぎわう福井駅商業施設の駅弁コーナーでは、この日に合わせて販売が始まったある新作駅弁が注目を集めていた。

3月16日新幹線開業初日から賑わう駅弁コーナー
3月16日新幹線開業初日から賑わう駅弁コーナー
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その駅弁は「福井御膳 竜のめぐみ」(税込み1680円)。

恐竜王国・福井の「竜」を一文字とり、福井の豊かな「めぐみ」をぎゅっと詰め込んで、末永く愛される福井の名物駅弁になってほしいという願いが込められた駅弁だ。

これを食べれば‘‘福井‘‘を感じることができるという。

福井を感じられる新駅弁の魅力

新幹線開業の3月16日から販売開始となった「竜のめぐみ」
新幹線開業の3月16日から販売開始となった「竜のめぐみ」

その駅弁のメニューは、かにめし(いくら入り)、ブランド魚「ふくいサーモン」のマリネ、若狭牛のしぐれ煮、福井名物のソースかつ、らっきょうと福井梅のあえ物、郷土料理の「ふの辛し和え」と「たくあんの煮たの」、とみつ金時甘煮、うち豆入り昆布煮、だし巻き卵の全10品。

各々が美しく並ぶこの駅弁を製造した番匠本店(福井市)は、駅弁創業120年の老舗だ。

担当者は「美味しいもの、郷土料理、名物をこれだけぎゅっと盛り込めたのは、番匠本店としても初めてのこと」と胸を張る。

新駅弁の開発を通して、福井の食の豊かさにこだわる原点回帰ができたのだという。

実はこの「竜のめぐみ」、異業種企業が集まり「プロジェクト形式」で完成にこぎつけた異色の駅弁でもある。

各分野のプロが集まり完成にこぎつけた過程を紐解いていくと、既成概念を打ち破り、新しいものを創り出す「突破力」のヒントが浮かび上がってくる。

容器は恐竜をイメージ、環境にも配慮した素材

容器は、プラスチック成形・加工を手掛ける西端ブロー工業(福井市)が担当。

食品衛生法の基準をクリアし、環境に配慮したバイオマスプラスチック製の2段重ねで、ふたには恐竜の頭部をイメージさせるデザインが施されている。

食べ終わった後に下段の容器を上段に収納すれば、小物入れや弁当箱として二次利用でき、旅の記念に持ち帰ることができる。

容器を製造した西端ブロー工業のチーム
容器を製造した西端ブロー工業のチーム

開発担当者によると、食欲をそがれないようリアルすぎない恐竜を模したデザインに仕上げているが、微妙な「恐竜感」をうまく出せるか、また色合いなどを何度も調整を重ねてきたという。

プラスチックでお重の駅弁は珍しく、高級感や旅のスペシャル感を演出してくれそうだ。

駅弁自体がメディアに!?

こだわりはパッケージにもある。

一目で「福井」とわかるインパクトは大切だが、容器と同様、リアルすぎると食欲も湧かなくなるため、柔らかさを印象づけたデザインになっている。

リアルすぎない恐竜デザインと観光名所の動画が流れるQRコードも
リアルすぎない恐竜デザインと観光名所の動画が流れるQRコードも

工夫はまだある。それは駅弁の横に印字されたQRコード。

スマホをかざすと、福井の観光名所を案内するショート動画(1分)が流れる。

新幹線車内で視聴するには1分程度が心地よいという想定のもと、福井の小さな旅へ案内する演出だ。

内容は見てからのお楽しみ。動画の終わりに表示されたキーワードを入力すると、抽選で福井のブランド米「いちほまれ」が当たるという。

QRコードを掲げたことで、駅弁自体が福井の魅力を発信する一つの「メディア」の役割を果たしているのだ。

構想から3年 駅弁として異例のプロジェクトチーム

はじまりは何気ない雑談だった。

2021年春、西端ブロー工業と地元のテレビ局が別の仕事で打ち合わせをしていたところ話が脱線し、「新幹線開業時に駅弁を売り出せたら面白いなあ」と雑談に花が咲いた。

当時はコロナ禍の真っ只中。世の中に停滞感が漂うなか、何か新しいことにチャレンジしないと、そう感じていた時期でもあった。

西端ブロー工業は同じ頃、学生向けのビジネスコンテストに出場する近所の高校に、恐竜の形をした弁当容器を提供していたのだが、ひょっとしたら新幹線開業のタイミングで観光客向けに駅弁容器を提供できれば、コロナ禍の停滞した状況を突破できるのではないか。

漫然とではあったが、新事業分野への夢を巡らせていたという。

この話をテレビ局員が社内で検討したところ、「面白いので一度進めてみよう」と判断。

とはいえ、初めは全くの手探り状態のなか、駅弁製作にノウハウを持つ企業に声を掛けていった。

偶然の出会いや出来事も重なり、新たな名物駅弁を作りたいという思いのもとに集結。

こうして駅弁開発としては極めて異例の官民含めた異業種による「名物駅弁プロジェクト」が立ち上がったのである。

何気ない雑談から1年が経ち結成されたプロジェクト。新幹線開業は2年後に迫っていた。

~プロジェクトメンバーは下記の通り~
駅で販売(北陸管内のおみやげ処):JRサービスネット金沢/駅弁製造及び直営店等で販売:番匠本店/容器製造:西端ブロー工業/パッケージデザインなど:JR西日本コミュニケーションズ/プロジェクト全体のとりまとめ:福井テレビジョン放送/プロジェクトの趣旨に賛同協力:福井県 

名物駅弁プロジェクトは幾度も開催され、試行錯誤を繰り返した
名物駅弁プロジェクトは幾度も開催され、試行錯誤を繰り返した

その後プロジェクト会合は2年間、何度も開かれ、議論が交わされた。

容器の形からデザイン、価格、メニューに至るまで、異業種が集まるため様々な考えや思惑があったのも事実。

ではメンバーを繋いだものは何か。

JR西日本金沢支社管内の主要駅構内で「おみやげ処」や「セブン-イレブン」などを展開し、駅弁や土産物の販売を行うJRサービスネット金沢は、こう振り返る。

「いろいろなステークホルダーが集まっての開発は新鮮で、知恵とアイデアを出し合えたのはよかった。でも、新しい福井の名物を提供したいという“強い思い”をプロジェクトメンバー全員で共有し続けられたことに尽きる!」

ジェイアールサービスネット金沢のチームは全員が福井出身
ジェイアールサービスネット金沢のチームは全員が福井出身

一方福井県は、2016年夏、期間限定で首都圏向けに県として駅弁を企画・販売したことがあり、その時の担当者が、プロジェクトメンバーである新幹線開業課の山田輝雄課長だった。

「当時は夏休み期間中のみの限定販売だったが、いつかは定番駅弁をやってみたい願望はあった。そうしたところ、プロジェクトの話を聞いて(県として)加わろうと思った」

山田課長にとって、「長年の念願」だったのだろう。

初回販売の3万食には、県が制作した福井の観光名所や方言を紹介するリーフレットが添えられ、福井への誘客促進をバックアップしている。

福井への誘客に期待を込める新幹線開業課・山田輝雄課長
福井への誘客に期待を込める新幹線開業課・山田輝雄課長

その上で山田課長は、「竜のめぐみ」への思いを語った。

「駅弁は特別なもの。ご当地メニューがふんだんに盛り込まれた駅弁は福井の食の縮図でありプレゼンテーション。それが今回『竜のめぐみ』を通して表現できた。福井に思いを馳せながら食べてもらえれば」

インタビューの最後、笑顔を見せつつも感慨深げに話していたのが印象的だった。

何気ない雑談話から3年。

当時のコロナ禍の空気感、偶然の出会い、そして名物をつくりたいという強い思い。

プロジェクトメンバーそれぞれの得意分野を発揮し、共に新しいことにチャレンジしていった過程は、先行き不透明な今の時代、既成概念を突破するヒントになるかもしれない。

「竜のめぐみ」は新幹線福井駅、敦賀駅、芦原温泉駅、加賀温泉駅、金沢駅と番匠本店の直営店などで購入することができる。

恐竜王国・福井の豊かなめぐみをギュッと詰め込んだ新ご当地駅弁「竜のめぐみ」。

末永く愛される福井の新たな名物駅弁をつくりたいという、メンバーたちの熱い思いもギュッと詰め込まれているようだ。

福井御膳『竜のめぐみ』|福井テレビ