ロボットのような精密な動きで出来上がった小さな“折り鶴”。
使われていたのは、腹腔鏡手術で使う「鉗子(かんし)」と呼ばれる2本の細長い棒だ。

この神ワザ動画を投稿したのは、静岡市立静岡病院の消化器外科・橋本洋右医師。

SNSではすでに900万回以上表示され、「手で折るより早くてきれい」などと話題になっている。

“折り鶴”を始めたきっかけや、手術にもたらすメリットなどについて聞いた。

遊びの中から技術向上

ーー始めたきっかけは?

始めたのは腹腔鏡手術の技術認定試験に落ちた直後の2012年で、試験結果の理由に「鉗子操作が下手」というコメントがついていました。

静岡市立静岡病院・橋本洋右医師
静岡市立静岡病院・橋本洋右医師
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鉗子は、腹腔鏡手術に使う約40センチの手術器具ですが、それをどう克服するかを考えていた時にたまたま鉗子を使って鶴を折っている動画を見て、「こんな風に折れたら技術が向上するかな」と思い、始めました。

鉗子を使って鶴を折る橋本医師(提供:橋本洋右医師)
鉗子を使って鶴を折る橋本医師(提供:橋本洋右医師)

ーーどういった作業?

練習用のドライボックスと呼ばれる箱の中で、7.5センチ×7.5センチの折り紙で鶴を折るのですが、手術とは勝手が違って最初は全く出来ませんでした。

鶴を折っている仲間に以前アンケートを取った時も、3分の2は挫折していて、最初はかなり難しいです。

(イメージ)
(イメージ)

ーー使う鉗子はどういったもの?

私が使っているのは、お腹の中で縫合するために針を持つ鉗子です。

仲間の中には、組織を掴む鉗子や、エネルギーデバイスといって組織を焼いて切る鉗子を使う人もいます。

右手、左手にそれぞれ鉗子を持って、より実践的な練習になるように取り組んでいます。

日本最速「1分52秒」

始めたばかりの12年前は、1羽の鶴を折るのに1時間以上かかったという橋本医師だが、今や日本最速となる「1分52秒」を記録。

手で折るスピードにも負けないポイントは、「手を速く動かすのではなく、“工程”を減らすこと」だと話す。

最初の鶴から徐々に上達(提供:橋本洋右医師)
最初の鶴から徐々に上達(提供:橋本洋右医師)

ーーどういった苦労があった?

手術とは違った動きがたくさんあるので、手術の経験が豊富でも最初は「なんだこれは?」となると思います。

最初は1時間かかっても不格好なものしかできませんでしたが、何とか普通の鶴にしたいと思って練習していたら、30分で1羽できるようになり、その後は15分で1羽と上達していきました。

1回の練習量を30~40分にして、週3~4回のトレーニングを続けてきました。

(提供:橋本洋右医師)
(提供:橋本洋右医師)

ーー最速タイムは?

SNSのグループで2015年からスピードを競っていますが、最初はなかなか6分を切る人が出ませんでした。

私が3分を切った後は、約2年間他に切る人が出ず、「2分切りは絶対に無理だ」と思いながらも継続していたら、2年ほど前に2分を切れました。

そしてついこの間、「1分52秒」の最速タイムを記録しました。

1分52秒の最速タイムを記録(提供:橋本洋右医師)
1分52秒の最速タイムを記録(提供:橋本洋右医師)

すごく嬉しかったです。

その日は15羽中4羽で2分を切って、最後の1羽で1分52秒を出しました。

3分を切っている人は私の知る限り10人弱いますが、2分を切っているのは私だけだと思います。

手で折るより速い(提供:橋本洋右医師)
手で折るより速い(提供:橋本洋右医師)

ーー速く折るコツは?

手を素早く動かしているのではなくて、“手順”を削っています。
2回でやるところを1回でやるなど、工程を減らすことを常に考えながら折っています。

その結果、ゆったり動いても速く仕上がっています。

両手の“意識の分散”

これまでに折った数は実に1万4000羽以上!

手術では使わない動きもあることから賛否両論あるというが、橋本医師は、「練習の結果、右手と左手で同時に別々のことが出来るようになった」とトレーニングの効果を語る。

(提供:橋本洋右医師)
(提供:橋本洋右医師)

ーーこれまで何羽折った?

14000羽ほど折りました。
1番早く1万羽に達したのは私だと思いますが、のんびりやっていたので10年かかりました。

中には1年間で1万羽折ったり、1日7時間折っているなど、いろいろな人がいます。

(提供:橋本洋右医師)
(提供:橋本洋右医師)

ーー折り鶴トレーニングは手術に活かされている?

実際の手術操作とはだいぶ違うので、手術練習の王道ではありませんが、周りからは「鉗子の先端の動きがまるで指のようだ」とよく言われるので、感覚的には活きていると思います。

ドライボックスの中で鉗子を自在に動かし、左右の手の協調性を鍛えるトレーニングなので、折り鶴の動作そのものが手術に直結するわけではありませんが、結果的に技術が上がっているのだと思います。

(イメージ)
(イメージ)

手術中は、患者の体の外で手を動かして鉗子の先端を操作するので、習得に時間がかかります。

折り鶴の練習をたくさん積んだことで、右手と左手で同時に別々のことが出来るようになり、鉗子の先端が指のような感覚で動かせるようになりました。

そのため、普段とは違う予測しない出来事が起きても、瞬間的に左手と右手を同時に使って素早く対応できます。

(提供:橋本洋右医師)
(提供:橋本洋右医師)

ーー左右の手を同時に使うのは難しいこと?

通常は、右手でしっかりと掴もうとすると、どうしても左手の意識が飛んでしまいます。

折り鶴は両方の手を同時に使わないと折れないので、そこで左手にも意識を分散する技術を学びました。

利き手の右手は意識しなくても自在に動かせるので、左手に意識を集中させることで、手術中は余裕を持って鉗子操作が出来るようになったと思います。