ビジネスでは、取引先の不当な要求に本音が言えない場面もあるのではないだろうか。そんな要求に“判抗”するはんこを、印鑑メーカーの岡田商会(大阪)が「言いづら印」という名で開発した。

同社によると「言いづら印」開発の背景には、発注側が優越的な地位を利用して受注側に不当な要求をする「下請けいじめ」の問題があるという。

(出典:岡田商会)
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“買いたたき”や“理不尽な返品”などの下請けいじめは「下請法」で規制されているが、公正取引委員会によると下請法違反の2022年度の指導件数は過去5年間で最多の8665件だった。

「言いづら印」は、はんこならではの少し読みづらい書体・印相体(いんそうたい)を使うことで、下請け企業の言いづらい本音を遠回しに表現しているとのことだ。

(出典:岡田商会)
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はんこの文言は、下請法で定められた11の「親事業者の禁止行為」に対応した11種をラインナップ。例えば、下請けに一般的な価格より著しく低い代金を不当に定める禁止行為の「買いたたき」に対応するはんこの文言は「そんなに安く出来ません」だ。

(出典:岡田商会)
(出典:岡田商会)

他にも、代金支払の遅延に対しては「期日までに支払って」、不当なやり直しには「やり直しならお金払って」など、どれも面と向かってはちょっと言いづらい言葉ばかり。

同社は、これを請求書などに社判の代わりとして押すことで、「言いづらいんですが…」というニュアンスも含めて、言えない本音を遠回しに伝えることができるとしている。

「言いづら印」は21mm角で、受注側と下請けのブラックな関係性を表現するため真っ黒な黒水牛という素材を使用。価格は3500円(税込)だ。

(出典:岡田商会)
(出典:岡田商会)

他に、電子文書での不当な要求に“判抗”するデジタルデータ版、LINEでの不当な要求に“判抗”するLINEスタンプ版もある。

LINEスタンプ版(出典:岡田商会)
LINEスタンプ版(出典:岡田商会)

とてもユニークだが、そもそもなぜこのようなはんこを作ろうと思ったのか?下請けの本音を遠回しに表現とは言うものの、どのように使うと良いのだろうか?

岡田商会の常務取締役・岡山耕二郎さんに聞いてみた。

開発のきっかけは「はんこの文字は読みにくい」

――なぜ「言いづら印」を作ることになった?

弊社は大阪のはんこメーカーで、アニメやゲームのキャラクターとのコラボ商品を企画し、「推しを押すはんこ」としておかげさまで好評をいただいています。これははんこの一つの価値ですが、はんこメーカーの広報として、これからのはんこの価値を世の中に提案しながら、今の社会課題に貢献できる商品を作れないかと考えていました。

そんなタイミングで、「ない株式会社」が企画した「裏がある京都人のいけずステッカー」という商品のニュースをネットで見て、アイデアの面白さに興味を持ち、この会社なら一緒に面白い企画ができるのではないかと感じ、愚痴をこぼしながらアイデアのブレストを行うミーティングに応募したことから、今回の企画がスタートしました。

そのミーティングで「はんこの文字はそもそも読みづらい」という愚痴が出たところ、ない株式会社さんが「読みづらい」の意味を、「露骨に伝えられないメッセージを遠回しに伝えられる」と解釈したことがきっかけとなり、「言いづら印」の企画が生まれました。

日本に数名しかいない一等印刻士にデザインを依頼

「裏がある京都人のいけずステッカー」は、表裏で全く違う建前と本音が描かれた土産用の商品で、編集部でも取材している。たしかにアイデアが光っていた。

裏がある京都人のいけずステッカー
裏がある京都人のいけずステッカー

(参考記事:「小っちゃい郵便受けしか」→「チラシいれんな」遠回しに伝える京都の“いけず文化”ステッカーが登場…狙いを聞いた

では今回の「言いづら印」は、どのような点を工夫して制作したのだろうか?こちらについても聞いてみた。


――「言いづら印」を作る上でこだわったところは?

見た目は一見、従来のはんこでありながら、印面のデザインや真っ黒の印材(はんこの素材)を使うことで、本来の企画の意図を伝えることです。

とくにデザインは、日本で数名しかいない一等印刻士である遅澤流水さんに依頼し、本格的かつデザイン性の高いものに仕上がったと感じています。プレスリリースやWEBサイトに使用している写真も、「言いづら印」を使用する場面がしっかり伝わるように、イメージがわかりやすいビジュアルになるよう工夫しました。


――はんこの文言はどうやって決めた?

今回の「言いづら印」は、労働環境改善による企業価値向上や、悪意ある取引先相手のこじれたトラブル解決支援を行なわれている、働き方改革総合研究所の新田龍さんに企画監修をしていただいています。

印面の文言を決める際に、新田さんからの意見として「下請法には11種類の禁止行為がある。それを印面の文言にすればより多くの方に禁止行為についても知っていただけるのではないか」というアドバイスをいただいたことから、11個の禁止行為に対応した文言から選べるようにしました。どの文言も、禁止行為を受けた下請け企業の本音に寄り添った表現となっています。

(出典:岡田商会)
(出典:岡田商会)

――特にお気に入りの文言は?

禁止行為を受けた下請け企業の方からすればどれも大切な内容だと思いますが、「そんなに安く出来ません」や「その仕事はやりません」などは、これまでの取引の中で感じたことのある方もとくに多いのではないでしょうか。

また最近は、優越的地位の乱用の問題が商取引以外の場面でもニュースになることが多いように思いますが、「それ報復措置ですよね」などは、そんな場面にも活用できるかもしれません。

「フリーランス必須の文具だな」との声も

――「言いづら印」についての反響は?

XなどのSNSでも大きな反響をいただいて驚いています。

意外と知られていないのですが、下請法はフリーランスの方にも適用されます。SNSからいただいた「フリーランス必須の文具だな」というコメントはまさに今の世の中の流れを反映しているなと感じましたし、「これ押して相手に叩きつけたい人いっぱいいるだろうな」というコメントからは、表には出てきにくい問題の根深さを感じました。

(出典:岡田商会)
(出典:岡田商会)

――「言いづら印」は、どう使ってほしい?

「言いづら印」は紙に押して不当な要求に“判抗”する印鑑版だけでなく、PDFファイルなどの電子文書での不当な要求に“判抗”するデジタルデータ版、LINEでの不当な要求に“判抗”するLINEスタンプ版も用意しています。

はんこは本来、様々な契約や取引において使われるもの。取引先とのちょっとしたアイスブレイクで使っていただいたり、コミュニケーションの改善に役立てていただくことで、よりお互いにとって気持ちのいい商取引が増えることをはんこメーカーとしても願っています。

デジタルデータ版(出典:岡田商会)
デジタルデータ版(出典:岡田商会)

「下請けいじめ」は、発注側もそれをしていることに気づいていない場合が多いという。同社は「言いづら印」が広まることで下請法の禁止行為を知るきっかけにしてほしいとしている。

もし興味がある人は、はんこ版は少し使いづらいかもしれないが、LINEスタンプ版から気軽に試してみても良いかもしれない。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。