38%。

これは大手旅行会社JTBの2023年の女性管理職の比率だ。2022年の日本企業の平均値である12.7%の約3倍となっている。

なぜ、これだけ女性活躍が進んでいるのだろうか。

背景にある制度や企業風土について、女性初の執行役員である髙﨑邦子さんに話を聞くと、「後輩のために」と女性が働きやすい土壌を築いてきた先輩の姿があった。

(聞き手:フジ・メディア・ホールディングス サステナビリティ推進室 木幡美子)

手探りで切り開いてきた道

JTB執行役員でDEIB推進担当 コーポレートコミュニケーション・広報担当の髙﨑邦子さん
JTB執行役員でDEIB推進担当 コーポレートコミュニケーション・広報担当の髙﨑邦子さん
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――髙﨑さんは、男女雇用機会均等法施行年の1986年入社とのこと。当時の社内風土はどうでしたか?

私が配属された支店では約100人のうち2割くらいが女性でしたが、女性は営業補助や経理などのアシスタント系の業務に就く方がほとんどで、私は女性として初めての“営業マン”となりました。

当時は、女性が早めに出社して机を拭くとか、会議の資料のコピーを取るといった、古い役割分担が残っている時代でしたね。

――当時、働くうえで困ったことはありましたか?

出張の際、添乗員は複数で一部屋の場合もあり、女性用に部屋をとることがキャパシティ的に難しかったり、当時は法律で規制されていたこともあり、自分で獲得した海外旅行の団体の添乗に行くことができませんでした。

また女性には制服の着用義務があって、電車に乗って取引先へ行くときに社名が一目でわかるので、なんとなく気まずい思いをしたことも。そのたびに私は、「どうにかなりませんか?」と会社に言っていきました。

当然、まだ制度も整備されていませんでした。私が子どもに恵まれた時は課長職のときだったのですが、当時、管理監督者には育児休業制度(育休)がありませんでした。

びっくりして総務に相談したら、「気づかなかった!すぐに作るね」と言われ、翌週には管理監督者にも育休ができました。当時からとても柔軟な会社で、必要だとわかれば即対応してくれたことは幸いでした。

――様々な場面で女性の道を切り開いてこられたのですね。

何か不都合があっても、「波風を立てるぐらいなら自分が我慢すればいい」と思いがちですよね。でも、それって違うんです。

やっぱり後輩のためには、自分が思った「これってどうなの?」という問題は解決しておく。若い人たちは、私たちが過去に悩んだ問題と同じ問題に悩む必要はなくて、その時代時代の新たな課題が発生するわけですからそちらに注力すべきなんです。

そういった環境を整えておくべきだと思います。

カフェで後輩女性たちとミーティングをする髙﨑さん
カフェで後輩女性たちとミーティングをする髙﨑さん

――髙﨑さんのようなロールモデルがいると後輩は心強いでしょうね。

私はロールモデルではなく、“ロールパーツ”だと思っています。

人それぞれ個性も価値観も、そして環境も違うので、全ての人が私と同じようにいくとは限らないし、そうする必要もないです。

だから、私やほかの社員の経験をパーツと考えてもらい、いいとこ取りをして自分のスタイルを作り上げていってほしいと思っているんです。

――髙﨑さんら女性社員が様々な事例を作ってこられた中で、今、JTBではどのような制度や環境が整備されているのでしょうか?

女性の育休取得率は100%です。もちろん、男性育休も推進しており、今は取得率が92%となっています。そのうえで、勤務日数短縮制度やフレックスタイム制度もあります。

また、「ふるさとワーク」という制度も設けています。これは、遠方への異動があった場合、転居をしなくても働くことができるというもの。

例えば大阪で働いていた人が東京に転勤になった場合、在宅や大阪のオフィスで働きながら東京の部署に所属するということができます。

こうした基本の制度に加え、女性のリーダーシップ育成や、子育てと仕事の両立支援、グループキャリア支援制度、セミナーなどといった、“女性に活躍してほしい”という思いを込めた施策を展開しています。

JTBの社内風土を育む“DEIB”とは?

――なぜこれだけ女性活躍に力を入れられる風土が育まれているのでしょうか。

弊社では、「違いを価値に、世界をつなぐ。」をステートメントとして“DEIB(ディー・イー・アイ・ビー)”を推進しています。

“DEIB”とは、ダイバーシティ(Diversity=多様性)、イクイティ(Equity=公平性)、インクルージョン(Inclusion=包括性)、そしてビロンギング(Belonging=心理的安全性)のそれぞれの頭文字をとったものです。

ビロンギングは通常“帰属性”と訳されるのですが、私は“心理的安全性”だと解釈しています。DEIBの中でも私は“ビロンギング”が重要だと考えます。なぜなら、“心理的安全性”を担保しないと、D・E・Iは実現できないからです。

また、心理的安全性が担保されていることが、様々なことに挑戦できる風土を育むことにもつながってくるのです。女性活躍に限らず、社員一人ひとりの持てる力が最大限発揮できる企業風土、しくみを作っていくこと、またそこに注力するのだというメッセージを発信し続けることが大切だと思います。

――“B” (Belonging=心理的安全性)を実現するためにどのようなことを実践していますか?

心理的安全性のベースを作るためにはコミュニケーション、それも縦横無尽なコミュニケーションをどれだけとれるかが重要です。

そのために私たちは独自の「Smile活動」という取り組みを行っています。これは、全国150以上あるJTBの個所組織の中にそれぞれ“Smile委員長”を置き、それぞれの組織のコンディションに合った企業風土改革につながる活動をしていくというものです。

こうした活動を評価するためにも、毎年、意識調査を行っています。数値で表すことによって活動への理解を深め、次にどのような施策を打てば良いのかを明確にすることが大切なのです。

ちなみに、この調査には「この会社の未来を信じているか」という設問があるのですが、この項目が2023年は前年より8ポイント上がったことがわかり、本当にうれしかったです。

「働きにくさは感じなかった」JTBの女性社員たちは

髙﨑さんたち、先人の女性社員が切り開き、耕してきた風土で、後輩の女性社員たちはどのように活躍しているのか。

先輩らからバトンを受け取った3人の社員に聞いた。

ビジネスソリューション事業本部 マーケティングチーム マーケティング担当マネージャーの前澤美保さん
ビジネスソリューション事業本部 マーケティングチーム マーケティング担当マネージャーの前澤美保さん

2006年に入社したビジネスソリューション事業本部マーケティング担当の前澤美保さんは、今まで女性であるが故に働きにくいという思いを抱いたことはないと言う。

「私の同期入社メンバーの男女比は半々で、今残っている同期も半々くらい。一人のビジネスパーソンとして自分らしく働いてこられました。

女性でも男性でも管理職を目指したい人は目指せる環境がありますし、そうではない働き方もできる。今の会社には選択肢がどんどん増えていると思います」

ビジネスソリューション事業本部 事業推進チーム グループリーダー 安達原祥子さん
ビジネスソリューション事業本部 事業推進チーム グループリーダー 安達原祥子さん

“Smile委員”を経験したビジネスソリューション事業本部事業推進チームの安達原祥子さんは、コミュニケーション活性化を目的にした“Smile活動”を通して、縦横無尽なコミュニケーションが円滑になったと感じている。

「一つのテーマについてチャットでリレーコラムを書いたり、旅行や食事会・スポーツ大会等のイベントで交流する中で、普段の業務では直接の関わりが少ない方たちの間にいろいろな共通点を見つけることができ、そこから業務の連携に繋がっていったケースもたくさんありました」

2回の育休・子育て経験がキャリア形成に生かせているというのは、ビジネスソリューション事業本部 第一事業部 営業推進グループの幸田紗也佳さん。

ビジネスソリューション事業本部第一事業部 営業推進グループの幸田紗也佳さん
ビジネスソリューション事業本部第一事業部 営業推進グループの幸田紗也佳さん

「育休中、上司や同僚に“待っているよ”とあたたかいメールをいただき、帰る場所があることが心強かったです。復職後も、軌道に乗るまで働き方を調整させてもらい、社内公募で手を挙げたことをきっかけに、親子体験プログラムを開発する部署に異動させていただきました。

今は、その時のWEBマーケティングの経験を生かすことができ仕事の幅が広がったと感じています。髙﨑さんのおっしゃる“ロールパーツ”になるような方もたくさんいらっしゃるので、そういった方たちを参考に自分らしくキャリア形成できたらと考えています」

社外向けのツールとして作成した「どうする?女性活躍推進! 未来への投資として取り組むべき理由とは」
社外向けのツールとして作成した「どうする?女性活躍推進! 未来への投資として取り組むべき理由とは」

幸田さんは今、一般企業向けに女性活躍推進の手がかりとなる資料「どうする?女性活躍推進!未来への投資として取り組むべき理由とは」を作成している。

「この資料をきっかけに、JTBの取り組み事例や施策のポイントをご紹介しながら、女性活躍推進の輪を社会全体に広げていけたらと考えています」

38%ではまだまだ

今、他社にも女性活躍の輪を広げていこうとしているJTB。

今後の展望について髙﨑さんはこう語る。

「弊社の女性社員比率は62%です。その中で、管理職比率38%ではまだまだ足りません。

もっと意思決定セクションに女性を増やしていき、様々な人がそれぞれの個性や価値観を生かして活躍できる会社にしていきたい。

そして、自分自身も含めて、みんなが笑顔で働ける会社を目指していきたいと思っています」

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