指名手配犯「桐島聡」を名乗る男が死亡
衝撃的なニュースが飛び込んできた。1970年代に連続企業爆破事件を起こし、社会を震撼させた過激派組織「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者(70)を名乗る男が都内の病院で見つかった。しかしその男は末期がんで、病院で死亡が確認された。
交番や駅には桐島容疑者の手配写真が貼られているので、この報道を目にした方のほとんどが、「あの男か」とすぐに顔をイメージできただろう。筆者も公安担当の警察官だった現役時から、幾度となくその名前を聞く機会があり、苗字だけ聞いても直ぐにあの顔が浮かぶほどだ。

現時点までの報道では、数十年に渡り神奈川県藤沢市内の工務店に住み込みで勤務、この際「内田洋(うちだ・ひろし)」との偽名を名乗っていて、会社関係者もまさか手配犯の「桐島聡」とは一切思わなかったとのことである。
男は、末期がんで、最期は本名で迎えたいと話していたが、1月29日入院先の病院で亡くなった。
現在、警察が親族とのDNA鑑定などにより本人確認を行っている。仮にこの人物が桐島聡であると確認された場合、半世紀にも及ぶ逃亡生活を完遂し、自身の最後の望み「最期は本名で、日本で迎えたい」という望みをかなえてしまったことになる。
これは、警察としては無念の一言であるが、筆者は男の身勝手な思考に憤りさえ覚える。
世間を震撼させた東アジア反日武装戦線
東アジア反日武装戦線は、大道寺将司元死刑囚(2017年に68歳で病死)をリーダーとし、反日亡国論やアイヌ革命論を掲げ、主として海外進出企業を標的として、1974年から1975年にかけて、あわせて12件もの連続企業爆破事件を起こした(未遂含む)。

「狼」「大地の牙」「さそり」の3つのグループから構成され、各グループの連携は、他の極左暴力集団と比較して強くなく、リーダー同士が連絡を取り合うなどの連携を見せ、グループ間のメンバー同士の深い連携はなかった。
腹腹時計に示された彼らの決意
その思想は、彼らが地下出版した「腹腹時計―都市ゲリラ兵士の読本―」にも記載されている。
この腹腹時計には彼らの思想や活動家としての心構え、日常生活上の注意、爆弾の製法などが書かれている。
腹腹時計の“はじめに”では、「今日、日本帝国に於いて、日帝を打倒せんと既に戦闘を開始つつある武闘派の同志諸君と、戦闘の開始を決意しつつある潜在的同志諸君に対して、東アジア反日武装戦線“狼”は、「兵士読本 Vol.1」を送る。これは、武闘派同志諸君と共に東アジア反日武装戦線へ合流し、その強化をめざす為のものである。(原文ママ)」と記載されており、その思想・組織拡大への強い決意が見て取れる。
この腹腹時計を参考にした事件も存在し、党派を問わず活動家の一種の教本となった。

今回の事件では、未だ捜査が進展中であり、身分偽造の実態や生活状況など判明していない事項が多い。そのため、非公然活動家の一般的な姿を明らかにし、50年に及ぶ逃亡生活の実態を考察する。
非公然活動家の日常生活とは
まず、非公然活動家の日常生活はどのようなものなのだろうか。
基本的に非公然活動家は、社会生活において自身の正体を隠し、徹底した潜行活動を行っている。
先ほどの腹腹時計では、居住地における活動家のマニュアルとして
・極端な秘密・閉鎖主義は墓穴を掘る
・普通の生活人であることに徹する
・生活時間を表面上市民社会の時間に合わせる
・近所付き合いは浅く、狭く。但し近隣との挨拶は不可欠などと示している。

警察白書記載の非公然活動家のアジト摘発事例によれば、「近所には礼儀正しく笑顔であいさつを交わすほか、サラリーマンらしくみせるため、毎日定時に出勤し帰宅するといった生活を装っている」「外出しない場合でも、隣家に不審がられないように、必ずドアの開閉をして、外出したようにみせかける」「単身や夫婦だけの生活を装いながら、他の活動家がひそかに同居し、外出は一切せずに部屋の中で音をころして爆弾等の製造を行っていた例もあった」という。
家賃の安い場所を狙う
これまでの摘発例から、アジトに関する傾向が判明している。
・家賃の安い物件を使う事が多い
・入居に際し、実在する他人や架空の名前を使って身元を偽る

これまでの報道では、桐島聡と名乗った男は工務店に住み込み(2階建て戸建て)で働いており、“家賃が安い”という部分で一致している。
非公然活動家の収入は
彼らは意外にも就労する。
その多くが、日給か週払いで身分確認が弱い簡単に働ける業種で、できる限り対人接触の少ない仕事を選ぶ傾向にある。実際に、東アジア反日武装戦線の“さそり”のメンバーの男など、同じグループ内の他メンバーは日雇い労働に従事していた。

彼らが身分確認の弱い業種を狙うのは当然であり、ひと昔前の“現場“作業をともなう業種では、身分確認が十分になされていない会社があるのも事実だ。
更に、仮に偽造身分証を所持していたところで、提示する回数を極力控えたいのは当然の心理となるため、”固い“業界は就労先の候補からまず外れる。

一方で、同じ東アジア反日武装戦線の“狼”メンバーで国際手配中でもある大道寺あや子容疑者は、爆弾テロに関与していた当時会社員であった。喫茶店で偽名で働いていた者もいる。
非公然活動家の勤務ぶりは基本的に真面目で、極力目立たないようにし、職場での付き合いも決して深入りをしない。
桐島聡を名乗った男は、勤務先で目立たずとも、同僚に“うっちゃん”と呼ばれ談笑する姿もあったとの報道もある。一定程度の人間関係は構築しつつ、出自が分からないといった評判もあり、普通の生活人を装っていたように見える。
50年の逃亡生活は貧しかった?
これまでの報道では、支援者の存在や組織的支援の有無は明らかになっていない。

数十年にも渡って住み込みで土木工事会社に勤務していたとなると、半世紀に及ぶ逃亡生活は、警察の捜査を気にしつつ、非公然活動家として潜伏し、目立たずに逃亡生活を静かに送る極めて質素なものであったと考える。
但し、逃亡生活中のゲリラの画策や特定組織への支援などの可能性も残されており、未だ全貌は明らかではない。今後の実態解明に期待したい。
【執筆:稲村悠・日本カウンターインテリジェンス協会代表理事】