100年ぶり、3回目のオリンピックを迎えるフランス・パリ。

7月26日の開幕式までいよいよ6カ月と迫ってきた。2大会ぶりに観客が入り、開会式は選手・関係者を乗せた約160隻の船がセーヌ川を下り、左右にノートルダムやルーブル美術館などの観光名所を見ながらエッフェル塔のメイン会場を目指す。

ルーブル美術館
ルーブル美術館
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競技は馬術がベルサイユ宮殿で、ブレイキンがコンコルド広場、さらにビーチバレーがエッフェル塔の麓で開催されるなど、 “花の都”にふさわしいワクワクするような演出がめじろ押しだ。

エッフェル塔の麓はビーチバレー会場に
エッフェル塔の麓はビーチバレー会場に

しかし一方でいま、世界各地で起きている紛争が暗い影を落としている。ウクライナ情勢や、イスラエル情勢に目を向ければ、毎日のように一般市民が犠牲となり、暴力と非難の応酬が続いている。これらの紛争がオリンピックにどのような影響を与えるのか、またオリンピックに何が求められるのかを考える。

イスラエル「30人以上の選手が死亡」

2023年10月のイスラム武装組織ハマスの襲撃以来、激しい戦争が続くイスラエル。30人以上の選手が死亡するなど、多くのアスリートが死傷し、残された選手は練習場所の確保も厳しい状況だという。イスラエルのオリンピック委員会がFNNの質問に寄せた回答は次の通り(抜粋、1月10日付)。

襲撃された住宅(ニル・オズ/イスラエル)
襲撃された住宅(ニル・オズ/イスラエル)

「10月7日以来、ロケット弾がほぼ全土を襲い、トレーニングにも影響が出ています。その上、海外渡航も制限されています。この壊滅的な事件により、30人以上の選手が悲劇的な死を遂げ、さらに多くの負傷者が出ました。大虐殺の残忍さは、それぞれ唯一無二の才能と志しを持った有望な選手たちの命を奪いました。さらに、勇気を持って軍隊に従軍し、国を守るために命を捧げた何人かの元アスリートの死を悼みます。」

ハマスに捕らえられている人質の中には、トライアスロンのユースチームに所属する19歳の女子選手が含まれているという。

パレスチナ・オリンピック委員会

一方のパレスチナのオリンピック委員会にも問い合わせたところ、選手は115人以上が死亡するなど、こちらも厳しい現状を伝えてきた(抜粋、1月10日付)。

空爆されたガザ地区の住宅
空爆されたガザ地区の住宅

「戦争はパレスチナ国民の海外渡航を厳しく制限しているため、パリ大会の公式予選に参加する選手の能力に影響を及ぼしています。さらに選手たちは練習に行くことができません。選手の殉職者は115人以上、負傷者は270人以上です」

ロシア選手は個人資格・中立で出場へ…ウクライナ反発

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が行われて以降、パリ大会は初めて開催されるオリンピックだ。侵攻を続けるロシアと、同盟国のベラルーシの選手の参加可否について判断を先送りしてきたIOC(国際オリンピック委員会)が、2023年12月8日になってようやく判断を下した。

ロシアによるウクライナ侵攻は現在進行形 2024年1月
ロシアによるウクライナ侵攻は現在進行形 2024年1月

両国の国籍を持つ選手は個人資格や中立の立場での参加は認められることになった。一方、チームでの参加は認められないほか、戦争を支持・支援したり、軍や治安当局に所属する選手の参加は認められない。

ロシアのマティツィン・スポーツ相はこの決定を「五輪の基本精神に反し、完全に差別的だ」と非難。

一方、ウクライナのクレバ外相も即座に自身のSNSで反発した。

「IOCは実質的にロシアにオリンピックを武器として利用することにゴーサインを出した。なぜなら、クレムリンはすべてのロシアとベラルーシの選手をプロパガンダ戦争の武器として使うからだ。私はすべてのパートナーに対し、オリンピックの原則を損なうこの恥ずべき決定を強く非難するよう求める」と。

これまでにロシア人選手8人、ベラルーシ選手3人が予選で出場資格を得ているという。

これに対してウクライナは、60人の選手が出場資格を得ている。

IOCは、ロシア側に配慮したとの批判をかわすためか、ウクライナの選手団が2020東京大会とほぼ同等の規模になることを敢えて強調した。

パリ五輪中止?バッハ会長「世界には28の紛争」

オリンピックが戦争の影響で開催できなかったのは過去3回。第一次世界大戦で1916年ベルリン大会、そして第二次世界大戦で1940年東京大会と1944年ロンドン大会が中止になった。

2023年11月、ドイツで開催されたスポーツフォーラムでIOCのバッハ会長は、パリ大会の中止について問われ次のように語った。

「世界大戦が起きているとは知りません。我々は非常に強い地政学的緊張を抱えています。それについて言えば、オリンピックを犠牲にするのは、完全に間違ったアプローチです。過去にも多くの政府間や国家間の紛争がありましたが、選手たちは常にオリンピックに参加してきました」

また「国連によれば、現在、世界では28の紛争が起きています。私たちが果たすべきは、選手とスポーツのための人道的役割です。人々は団結するための何かを必要としています」とも述べた。

フォーラムで発言するバッハ会長(Stuttgarter Sportgesprächにて)   Tom Weller/dpa
フォーラムで発言するバッハ会長(Stuttgarter Sportgesprächにて)   Tom Weller/dpa

約2週間後、ニューヨークの国連総会では、加盟国に対してパリオリンピック・パラリンピックに合わせて全ての紛争の休戦を求める決議案の採決が行われた。決議案は開催国のフランスが提出。こうした休戦決議はこれまで議場の総意で採択されてきたが、今回はロシアが反発したため、異例の投票が行われ、賛成118、反対0、ロシアとシリアが棄権して決議は採択された。法的拘束力は無い。

なお、休戦決議をめぐっては2008年北京大会初日にロシアがジョージアに侵攻、2014年ソチ冬季大会パラリンピック直前にロシアがクリミアを掌握、そして2022年北京冬季大会パラリンピック前にロシアがウクライナに侵攻した。決議違反を犯したロシアはいずれも決議案の共同提案国だった。

フランスで相次ぐ“テロ”

パリと言えば2015年11月にイスラム過激派による同時多発テロで、サッカーの試合会場やコンサート会場、カフェなどで130人の犠牲者が出た事件が思い出される。

パリ同時多発テロ 2015年11月
パリ同時多発テロ 2015年11月

フランス治安当局のテロに対する警戒心は強い。

「アラーアクバル」と叫ぶナイフ男が高校を襲撃(フランス・アラス 10月)
「アラーアクバル」と叫ぶナイフ男が高校を襲撃(フランス・アラス 10月)

ハマスのイスラエル襲撃から1週間後の2023年10月13日、フランス北部アラスの高校で刃物を持った男が教師一人を殺害し、職員ら3人を負傷させる事件があった。男がイスラム過激思想に影響されていることから、フランス政府は中東情勢との関連があるとみて、国内の警戒レベルを最高レベルに引き上げた。

エッフェル塔近くでドイツ人観光客襲われ死亡(フランス・パリ 12月)
エッフェル塔近くでドイツ人観光客襲われ死亡(フランス・パリ 12月)

また12月にはエッフェル塔近くでドイツ人観光客ら3人が刃物やハンマーで襲われ死傷する事件が発生した。容疑者の男はSNSに投稿した動画で過激派組織「イスラム国」への忠誠を誓っていたほか、拘束された際には「パレスチナなどでイスラム教徒が死ぬのを見ていられない」などと話したという。

フランスに住むユダヤ人は50万人、イスラム教徒は500万人と、いずれもヨーロッパ最大規模のコミュニティーを抱えるなか、市民の間に不安が広がる。

安全対策・警備に広がる懸念

世界情勢が不安定になり、憎悪と対立が広がるなか、懸念されるのがオリンピック期間中の安全対策だ。冒頭に紹介したセーヌ川の開会式には1万人を超える選手たちと、約120人の各国首脳や要人が出席し、両岸に数十万人の観客が集まることが見込まれている。フランス内務省はこの日、パリだけで警察、憲兵、軍あわせて4万5000人を配置するとしている。

セーヌ川の開会式には数十万人の観客が見込まれる
セーヌ川の開会式には数十万人の観客が見込まれる

1972年ミュンヘン大会ではパレスチナのゲリラ8人が選手村を襲撃し、イスラエルの選手団11人が殺害される事件が起きた。また1996年アトランタ大会では男がオリンピック公園でパイプ爆弾を爆発させ、2人が死亡、111人が負傷する事件が発生した。いずれも事件をきっかけにオリンピックの安全対策が見直され、警備が強化されるきっかけとなった。

果たしてパリ大会の対応は万全と言えるのか。

パリオリンピック組織委員会は準備が万全だと強調する。

「大会に関わるすべての人々の安全は、オープンで大衆的な祭典の必須条件です。テロを含むあらゆる脅威は、国を挙げて検討してきました。パリ2024は、大会の準備と成功に全力を注いでいきます。」

参加する“重要性”・・・その理由とは

当のイスラエルやパレスチナは困難な状況下で、安全面に不安はないか、参加を取りやめる可能性があるか尋ねた。双方から次のような答えが返ってきた。

イスラエル・オリンピック委員会:「私たちは、安全保障上の懸念があることを認識していますが、それによって世界の主要大会への積極的な参加を止めることはありません。私たちはオリンピックの価値をしっかりと受け入れ、その原則に一貫して従う一方で、恐ろしい攻撃とハマス-ISISの侵略が、この地域における複雑な紛争を引き起こし、イスラエルにとって唯一の国を守る上で重大な課題を突きつけていることに留意することは極めて重要です。」

パレスチナのオリンピック委員会:「オリンピックへの参加は、私たちの存亡をかけた決断です。いかなる犠牲を払おうとも、パレスチナ民族の偉大さと尊厳、そしてその超越的なメッセージを伝える代表選手たちによって、パレスチナの旗が他国の旗とともに掲げられます。
オリンピックは、パレスチナの人々が直面している、存在を脅かす犯罪について、広く国際社会にメッセージを届けるための非常に重要な場であると我々は信じています。」

両者とも自分たちが置かれている現状を世界に知らせるためにも、オリンピックに出場するという強い決意を主張した。

オリンピズムの理想と現実

「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化・国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」

クーベルタン男爵(前列左端、1896年)  提供:IOC
クーベルタン男爵(前列左端、1896年)  提供:IOC

この言葉はフランス人で近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタン男爵が唱えたオリンピズム(オリンピックの理念)だ。

新型コロナが明け、2大会ぶりに観客を入れて開催されるパリ大会が、アスリートや観客にとって華やかな舞台になることを願う。パリ大会が “平和の祭典”の名にふさわしい、本来の理念に少しでも近づく第一歩となることを是非とも願いたい。

山岸直人
山岸直人

未来を明るいものに!感動、怒り、喜びや悲しみを少しでも多くの人にお伝えすることで世の中を良くしたい、そんなきっかけ作りに役立てればと考えています。新たな発見を求め、体は重くともフットワークは軽快に・・・現場の臨場感を大切にしていきます!
FNNパリ支局長。1994年フジテレビ入社。社会部記者、ベルリン特派員、プライムニュースイブニング、Live News αを経て現職に。ドイツのパンをこよなく愛するが、最近はフランスパン贔屓。