イギリスの郵便局で起きた「史上最大の冤罪事件」を題材としたテレビドラマが放送され、大きな注目を集めている。郵便局で使われていた富士通の会計システムの欠陥が原因で、郵便局長らが横領などの罪で次々と不当に刑事訴追されたのだ。
FNNは、郵便局から5万9000ポンド(当時、日本円で約1180万円)を盗んだと疑われ、有罪判決を受けて刑務所に収監された元郵便局長の女性に話を聞くことができた。
女性は収監されて2人の子供に会えなかっただけでなく、自宅やお金、そして名誉や信用もすべて失ったという。冤罪事件のにわかには信じがたい一部始終を我々に語った。
今年になりドラマで再注目
イギリスの郵便局では1999年から2015年にかけて、窓口の現金と会計システム上の残高が合わなかったことを理由に、横領や窃盗を疑われた郵便局長らが次々と刑事訴追された。その数は700人以上にも上る。
しかし後に原因は富士通が提供した郵便事業者向けの会計システムの欠陥だったことが判明し、「イギリス史上最大の冤罪事件」と呼ばれている。
この記事の画像(5枚)イギリスでは、今年に入ってこの冤罪事件を扱ったテレビドラマが放送されて大ヒットし、事件が再び大きな注目を集めている。ドラマの放映後に新たな被害が次々と明らかになり、議会では調査委員会による公聴会が開かれている。
イギリスメディアは連日トップニュースで報じ、システムを提供した富士通への批判も高まっている。
なぜ700人以上もの無実の人が冤罪被害にあったのか?
FNNロンドン支局は被害者たちに連絡を試みたものの、日本のメディアである我々の取材を受けてくれる被害者はなかなか見つからなかった。連絡を取り始めてから1カ月超、被害者本人への取材を諦めかけていた時、一人の女性から取材を受けてもよいとの連絡が届いた。
我々は彼女の住む町、イギリス北東部にあるハルに向かった。ロンドンから電車で約3時間。日本人にはなじみがない人口26万人の都市だ。
最初の異変そして刑務所へ
ジャネットさんは22歳の時に地元の郵便局で働き始め、32歳で郵便局長に抜擢された。順風満帆にみえた郵便局の経営だったが、郵便局長になってから約2年後の2005年12月に、最初の異変が起きたという。
窓口の現金残高が不足していると会計システムが表示したのだ。
ジャネットさん:
なぜか現金7000ポンド(日本円で約140万円)が足りないと会計システムで表示されたんです
窓口の現金がシステム上の残高より7000ポンド少ない。この表示をなんらかの間違いだと信じたジャネットさんは当初、翌週には元に戻っているだろうと考えたという。
しかし、残高の差額は戻らないどころか、残高不足の数字はどんどん増えていった。
イギリスでは多くの郵便局は民間事業主に委託され、独立採算制をとっている。このため郵便局長を務める民間事業主は、現金とデータとの差額が出た場合、郵便局を束ねる郵便会社「ポスト・オフィス」との契約上、自己負担で残高不足分の補填をしなければならない。
ジャネットさんは会計システムの問題と考え、納入元である富士通英子会社「富士通サービシーズ」の担当者と何度も連絡を取ったが、問題は解決しなかったという。
問題が起きてから約半年後の2006年5月、郵便会社「ポスト・オフィス」の調査員2人がジャネットさんの郵便局を訪れた。ジャネットさんは調査員らに対し、会計システムの残高と手元の現金との間に差額が出ていて、会計システムの問題とみられる旨を説明した。
調査員らが即座に会計チェックを行ったところ、現金が5万9000ポンド(約1180万円)不足していることが判明する。その場で停職処分をうけたものの、調査が進めば問題の所在が明らかになると思い、ジャネットさんは逆に安心したという。
ジャネットさん:
でも、心の中では正直ほっとしていました。だって、真相を解明してくれるだろうし、全てうまくいくだろうと思っていました
実際、ジャネットさんの口座などに入金や怪しい形跡は全くなかったため、調査員はこう言ったという。
「あなたがお金を盗んでいないことは分かった。でも、そのお金がどこに行ったのか知りたいんだ」
調査員の指摘を受け、ジャネットさんはスタッフの誰かが金を盗んだ可能性も考えたが、その後も残高不足となった現金の行方は分からないままだった。
郵便会社「ポスト・オフィス」からの調査から2か月後、ジャネットさんは突然裁判所に呼ばれ、窃盗と不正経理(横領)の罪で起訴されたと通告された。
身に覚えがない罪にただただ茫然とするだけだったが、しばらくするとポスト・オフィス側から司法取引の申し出があったという。
ジャネットさん:
不正経理の罪を認めれば、窃盗の罪は取り下げるというものでした。私は刑務所に行きたくなかったので、その申し出を受けたんです
何も罪を犯していないにも関わらず、なぜ罪を認めて司法取引に応じたのか尋ねると、
ジャネットさん:
当時私には17歳の娘と14歳の息子がいました。刑務所に行くわけにはいかなかったんです。当時相談した弁護士に、不正経理を認めれば実刑は避けられると言われたのです。今思えば認めるんじゃなかった
その後の裁判でジャネットさんに言い渡されたのは懲役9か月だった。
裁判官が判決文を読み終えるまで、ジャネットさんはある言葉を待っていたという。
ジャネットさん:
私は裁判官が執行猶予と言うのを待っていたんです
しかし執行猶予はつかず、実刑判決が言い渡される。ジャネットさんはそのまま刑務所に連行されて刑務所での生活が始まった。その生活は想像以上に辛かったという。
ジャネットさん:
たくさん泣きました。自殺しないように監視もつきました。子供たちには面会に来させないことにしました。私が刑務所にいたという記憶を子供たちに残したくなかったんです
ジャネットさんは3か月服役した後、仮釈放された。しかし刑務所の外で直面した現実はさらに厳しいものだったという。
ジャネットさん:
私の事件は、地元の新聞の1面をかざったの。郵便局長が窃盗で逮捕されたというような内容。みんなそれを信じたんです
さらに釈放後も行動制限が課せられていた。自宅に戻っても足首には位置情報を示すGPSタグがつけられ、午後6時から午前7時までは外出を禁止された。
体調を崩したため働くこともできなかったという。残高不足分も支払うことができず、自宅も没収された。
ジャネットさん:
あっという間に、なにもかもが壊れてしまったんです
被害者はほかにも 集団訴訟へ
イギリスの司法制度は世界でも信頼度が高いといわれる。それにもかかわらず、無実の人がこのような扱いを受けたことは、にわかには信じがたい話だった。
しかも、このような冤罪事件の被害者はジャネットさんだけではない。2015年までに700人以上の郵便局長らが同様の罪で起訴されたのだ。一部は実刑判決を受けたほか、多くが破産や失業に追い込まれ、少なくとも4人が自殺したという。
釈放されてから5年後の2011年、同じような疑いを掛けられている郵便局長がいることをジャネットさんはテレビで知る。
ジャネットさん:
ある日、郵便局長が横領の罪に問われているとテレビのニュースでやっていたんです。そして、会計システムに問題があるかもとも。その時初めて、自分以外に同じような人たちがいることを知ったのです
その後、疑いを掛けられた元郵便局長同士が連絡を取り合うようになり、最初に集まった時には50人を超えていたという。彼らは皆、自分だけがそのような冤罪被害にあっていたと思い込んでいた。
ジャネットさん:
ショックでした。このようなことがずっと国中で起こっていたと知り、衝撃を受けました
その後、元郵便局長ら555人は集団訴訟を起こし、2019年に会計システムの欠陥がようやく裁判所によって認定され、イギリス政府から補償金が支払われた。
しかし、被害に見合った補償は進んでおらず、また有罪判決が取り消されたのも90人あまりにとどまっている。
スナク首相は1月10日、この事件について言及し「イギリス史上最大の冤罪の一つだ。地域社会のために懸命に働いていた人々は全く落ち度がないのに人生と名声を破壊された」とした上で、被害にあった人の補償を行うための法案を議会に提出するなど救済を進める考えを表明した。
また会計システムを納入していた富士通に対しての批判も高まっていて、英議会では富士通が賠償金を負担すべきとの声も上がっている。
16日には、議会で英富士通サービシーズのパターソンCEOが証言する予定だ。
ジャネットさんに富士通に何を求めるか聞いた。
ジャネットさん:
何が起きていたかを説明すべき。私たちは全員罰せられ、痛い目にあった。やってないと言ったのに、彼らは気にも留めませんでした。直接謝罪があってもいいはずです
富士通はFNNの取材に対して「この問題を厳粛に受け止めております。捜査には全面的に協力して参ります」とコメントしている。
(FNNロンドン支局長 田中雄気)