台湾・総統選は13日に投開票が行われる。

立候補しているのは、与党・民進党の頼清徳(らい・せいとく)氏、最大野党・国民党の侯友宜(こう・ゆうぎ)氏、そして第3の勢力・民衆党の柯文哲(か・ぶんてつ)氏の3人。

争点となっている中国との関係性などについて、3候補の主張と共通点を神田外語大学の興梠一郎教授に聞いた。

「内政」と「対中関係」

ーー台湾の総統選の争点は?

台湾の総統選には2つの争点があります。

1つは、台湾の生活に関わる「内政」です。
不動産価格の高騰、低賃金、安定的電力供給、原発など、経済を含む問題です。

もう1つは、「対中関係」。
中国との関係をどうするか、またそれに関連して日本やアメリカとの関係をどうするかという点で、それぞれの“対外的な距離感”の違いが争点になっています。

神田外語大学・興梠一郎教授
神田外語大学・興梠一郎教授
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ただ、共通しているのは、台湾の今の生活を守りたいという「現状維持」です。
現状維持するためにはどうしたら良いかの“守り方”の方法論が、国民党と民進党、民衆党では違います。
 

ーー日本にとってどのような影響がある?

中国との関係が良い国民党が選ばれた場合と、中国と対立している民進党、第3の勢力で中間の立場をとる民衆党が選ばれた場合ではどう違うのか、アメリカ内でも意見が一致していません。

「民進党の方が対中抑止力になる」「国民党になったら、中国との関係が密接になるのでアメリカにとっては不利」という意見があるかと思えば、「いや、国民党になったら、中台関係が緩和されるので、台湾の防衛力を強化する時間的余裕が確保できる」といった見方もありますが、アメリカの共通認識も「現状維持」です。

台湾海峡で戦争が起きたらアメリカも巻き込まれる可能性があるため、台湾の独立も認めないし、中国による統一も認めない、といったスタンスです。

与党・民進党の頼清徳氏
与党・民進党の頼清徳氏

近年、この微妙な均衡状態を保つためには、台湾が中国に抵抗できるような「防衛力」を持たなくてはいけないという議論が最近アメリカで出始めています。

一方、日本にはどういった影響が出るのか。
台湾で有事が起きた場合、アメリカよりも距離的に近いため、安全保障上の問題、経済的なインパクトは大きく、たとえば、台湾海峡を中国が封鎖したら物流に大きな影響が出ます。

国民党政権に代わったからといって急に日本との関係が悪くなるわけではありませんが、今よりは、若干距離ができるかもしれません。

「中国に対する抑止力」は共通認識

中国との距離感で違いを見せる3候補だが、日本やアメリカと連携して中国に対する「抑止力」を持たなくてはいけないという認識は、3党に共通していると興梠教授は話す。

ーー民進党が8年間政権についているが、今回負けたら状況は変わる?

その場合、中国の経済的浸透が進むのではないかと懸念する声があります。国民党は、中国との交流拡大を推進する構えで、中国とのサービス貿易協定の協議を再開したり、中国の若者が台湾で就職することを認める方針を打ち出しています。

しかし、これは、世論の反発を生む恐れがあります。台湾の中小企業や若者の雇用が脅かされる恐れがあるからです。

中国の経済的影響力が強まれば、台湾が香港のようになってしまったら大変だという危機感が台湾の世論にはあります。

最大野党・国民党の侯友宜氏
最大野党・国民党の侯友宜氏

ただ、民進党の今回の候補者の発言を聞いていると、あまり中国を刺激して戦争になるようなことは避けるため、「中国とは対話する」姿勢を見せています。

これは、中国を過度に刺激し、均衡状態が崩れることを懸念する台湾の世論を受けたものでもあり、アメリカも中国に対する挑発的な発言は嫌がるので、その姿勢も意識しています。

一方、国民党のスタンスは、「中国と対話をして戦争にならないようにする」と言いながらも、「中国に統一されないよう台湾も抑止力を持つべき」としています。

第3の勢力・民衆党の柯文哲氏
第3の勢力・民衆党の柯文哲氏

この「抑止力」は、3党共に一致しています。
日本やアメリカとしっかり連携して、中国に対する「抑止力」を持たなくてはいけないという認識は、国民党も民進党も民衆党も同じです。

これは最近の変化です。
どこが違うかは、「対話のレベル」です。

国民党は、中国との関係を良くした方が戦争にならないし、経済的な関係も強めた方が良いという考え。

民進党は、対話はするけどあまり中国との関係を深めると飲み込まれてしまうというスタンス。

しかし、どちらもいざとなったら「自分で台湾を守れる状況」を作らなくてはいけないという考えです。

世論は、返還後の香港状況や習近平政権のミサイル演習等を見て危機感を強めており、国民党であっても譲歩できない部分です。ウクライナ戦争の影響もあります。

ハイテク技術や安全保障で日米に重要

選挙結果は台湾と中国の関係だけでなく、日本を含む東アジア情勢にも大きく影響するが、国民党が政権を奪取した場合、台湾はどう変わるのか。

ーー国民党を支持する国民も多いが、政権交代したら何が変わる?

国民党の前の馬英九政権を見ると、民進党よりは中国との交流が増えると思います。
しかし、中国の資本が入ってきて台湾の人々の職が失われたり、台湾の企業がダメージを受けるようなことがあれば、世論が再び反発する可能性があります。

中国側は経済関係を深めようと言っていますが、台湾の世論は香港のように取り込まれることに強い危機感を抱いています。

しかし民進党政権では、不動産価格の高騰や低賃金、電力供給の問題等があります。

これらの問題を抱えながら民進党が政権の座を維持できていたのは、中国による香港の民主化運動の弾圧や国家安全維持法の制定などに世論の目が行っていたからです。結果として、中国が民進党を後押しする形になっていました。

だから中国が大人しくしていれば、問題は内政に移り、国民党が有利になります。
しかも、国民党は長く台湾を統治していたので、広いネットワークを持っていて議会でも強いです。

一方の民進党は、頼清徳氏が総統に選ばれても、議会の中では単独過半数は取れない可能性もあり、その場合は、苦しい政権運営を強いられるかもしれません。

ーーもし国民党が勝ったら台湾は中国化する?

交流が増えて中国企業が進出してくると、“浸透工作”で台湾の世論が変わっていく可能性があります。経済的な浸透が、やがては政治的な変化をもたらす可能性もあります。
台湾には、これを警戒する声があります。

たとえば、中国から台湾への観光客が増えれば、飲食業やホテルなどが儲かり、中国との仲を見直すべきだという声が出てくるかもしれません。

一方、アメリカでは、国民党が中国と親密になり過ぎるのは困るけど、一定の距離を置きながら関係を改善することは、台湾側に時間的な余裕が生まれ、その間に台湾の防衛力強化が図れるという声もあります。

防空システムを強化したり、台湾内で武器を作れるようにする考えがアメリカ内で出ています。

ただ、国民党も中国に飲み込まれるのは嫌だし、アメリカに見離されたら完全に中国ペースになってしまうので、バランスを考えているはずです。

台湾は民主主義で、次の選挙もあるため、過度に中国と親密になり、中国の影響力が強まれば、世論の反発が生じる可能性があります。

(イメージ)
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中国側は、国民党が選ばれたら交流を深め、まず、経済面と社会面から一体化を推し進め、依存関係を強めて、統一に向けた下地を作ろうとするでしょう。

独立への動きがあれば、「いかなる措置もとる」と言っていますが、できれば、孫子の兵法で、無傷で香港のように戦わずして取り込むことを望んでいるはずです。

ーー日本にとって台湾はなぜ重要?

台湾海峡を含めて、地政学上、非常に大事な場所ですし、台湾には、技術力も資本もあります。

台湾の「TSMC」を熊本に誘致するなど、半導体などハイテクでも台湾は最先端を走っており、日本にとっても極めて重要です。

ハイテク技術は軍事的にも利用されるので、安定したサプライチェーンは経済安全保障にも関係します。

台湾の技術レベルは高く、そのため工場はアメリカや日本にも分散するのが安全と言うことですが、中国はこの技術が欲しいわけです。

アメリカは中国に最先端の技術を出しませんから、この面においても、中国にとって台湾は非常に重要な位置を占めています。