マイナンバーカード偽造事件

12月4日、マイナンバーカードなどの偽造を行っていたとして、26歳の中国籍の周桜婷容疑者が逮捕された。

周桜婷容疑者が偽造していたマイナンバーカード
周桜婷容疑者が偽造していたマイナンバーカード
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これまでの報道では、知人から偽造の仕事を紹介された容疑者は、偽造に必要なデータをWeChatを通じて受領し、中国から届いたPCやプリンターを使用してカードを偽造。容疑者は偽造カードを国内の指定場所に郵送し、日当として約1万2000~1万6000円相当の電子マネーを受け取っていた。

容疑者が約1万枚のカードの偽造に関与していた可能性があるとしているが、そのうちマイナンバーカードは750枚ほどで他は在留カードが多いという。

カード偽造に使われたとみられる押収品一式
カード偽造に使われたとみられる押収品一式

警視庁は、事件の背後に中国における犯罪集団が関与していると見ている。

カード偽造事件の構造

実は、今年10月に本事件と極めて酷似した事件が発覚している。

東京都在住の20代の中国籍の夫と妻が、在留カードや運転免許証など約1万人分の偽造依頼を受けカードを偽造し、逮捕されている。

産経新聞によれば、「容疑者らは、中国のサイトに「簡単な仕事」と示された求人に応募、中国にいる指示役から送られてくるデータをもとに、プリンターなどを使って製造していた」と報じている 。

また、2020年には、国内で中国人犯罪集団によるカード偽造拠点が検挙されており、本事件を含め、カード偽造の背景には、中国の犯罪集団が関与していることは明白である。

(イメージ)
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その犯罪集団にとって、個人情報を手に入れるのは極めて容易だ。

実際にダークウェブ上では、大量の個人情報が現在進行形で売買されている。

2018年には、セキュリティ企業のファイア・アイが、2億件以上の日本人の個人情報が中国の闇サイトで売買されていたと発表しており、その個人情報の販売元は中国在住の個人とみられ、2億件の情報は、過去の漏洩事件で流出した個人情報や、同様に闇サイトで売買されている情報を集めたものである可能性を示している 。

闇サイトで売買される日本人の個人情報
闇サイトで売買される日本人の個人情報

今回の事件では、“マイナンバーカード“が含まれていたことで、世間のインパクトは大きかったようだ。

先日の東京都パスポートセンターでの情報漏洩事件も同様だが、行政による個人情報の安易な取り扱いは、極めて危険である。

マイナンバーカード偽造による危険性

今回、マイナンバーカードが偽造されたとして世間に不安が広がっている。

まず、マイナンバーカードにはICチップが内蔵されている。

今回の偽造では、券面のみの複製・偽造=いわゆる外見上の偽造をした形で、ICチップ内に含まれる情報は複製されておらず(複製するのは極めて困難)、このICチップを使った認証やサービスが悪用される心配はない。

ICチップ内蔵のマイナンバーカードにも死角
ICチップ内蔵のマイナンバーカードにも死角

それよりも、心配すべきは公的身分証として提示されることだ。多くの身分証確認では、券面の確認にとどまっている。偽造したマイナンバーカードを提示して携帯電話を契約したり、口座開設を行えれば、それらが特殊詐欺をはじめとした他の犯罪のツールに悪用されうる。

その口座開設では、マイナンバーカード一点のみで本人確認できるとしている銀行がほとんどだ。

実際に大手銀行に問い合わせたところ、口座開設に際し、マイナンバーカードのICチップを読み取ることはしておらず、当カードに顔写真や住所、氏名などが記載されていれば可能であるとのことであった。また、マイナンバーカードの券面には偽造防止技術が施されているが、銀行窓口としては券面の確認で不自然な点があれば声掛けをしているとの回答であったため、券面が精巧に出来ていれば担当者が不審点を見逃してしまう可能性も多いにある。

(イメージ)
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例えば、在留カードにはいくつもの偽造防止技術が使われており、ホログラムもその一例だ。カードの向きを変えることで色が変わり、外観上でも見抜けるようになっているのだが、中にはホログラムまで偽造したカードも存在し、犯罪集団による偽造カードは外観上も精巧である。

偽造されたマイナンバーカードの確認が券面のみの場合、それを見抜けるか否かは窓口の担当者に依存することとなるのが実情だ。

券面だけの確認で偽造を見抜けるかは窓口の担当者に依存
券面だけの確認で偽造を見抜けるかは窓口の担当者に依存

更に、本事件をきっかけに間接的に金銭をだまし取るケースも想定されるため注意してほしい。

市役所の職員などになりすまし、ターゲットに「あなたのマイナンバーの偽造が発覚した。不正利用される可能性もあるのでカードを交換したい」と虚偽の連絡をし、やりとりの中でキャッシュカードなどの交換もしてしまうパターンだ。このケースに類似した手法は過去にも確認されている。

犯罪集団の狙い

犯罪集団は、マイナンバーカードなど身分証の偽造により、新たな犯罪のツールとするほか、これを口実に特殊詐欺を行うなどの狙いがあり、幅広い悪用が想定される。

また、偽造在留カードは、日本に不法残留する外国人にとっては非常に有益なツールだ。法務省によれば、令和5年1月1日現在の不法残留者数は、7万491人にのぼるという。

在留資格や期限を偽造した在留カードは彼らによく“売れる”。

マイナンバーカードや在留カードの偽造は、非常に多くの犯罪の温床となるのだ。

【執筆:稲村悠・日本カウンターインテリジェンス協会代表理事】

稲村 悠
稲村 悠

稲村 悠(いなむら ゆう)
Fortis Intelligence Advisory株式会社 代表取締役
(一社)日本カウンターインテリジェンス協会代表理事
外交安全保障アカデミー「OASIS」講師
略歴
1984年生まれ。東京都出身。大卒後、警視庁に入庁。刑事課勤務を経て公安部捜査官として諜報事件捜査や情報収集に従事した経験を持つ。警視庁退職後は、不正調査業界で活躍後、大手コンサルティングファーム(Big4)にて経済安全保障・地政学リスク対応に従事した。その後、Fortis Intelligence Advisory株式会社を設立。BCG出身者と共に、世界最大級のセキュリティ企業と連携しながら経済安全保障対応や技術情報管理、企業におけるインテリジェンス機能構築などのアドバイザリーを行う。また、一社)日本カウンターインテリジェンス協会を通じて、スパイやヒュミントの手法研究を行いながら、官公庁(防衛省等)や自治体、企業向けへの諜報活動やサイバー攻撃に関する警鐘活動を行う。メディア実績多数。
著書に『企業インテリジェンス』(講談社)、『防諜論」(育鵬社)、『元公安捜査官が教える 「本音」「嘘」「秘密」を引き出す技術』(WAVE出版)