小池百合子がかすんでしまった

小池百合子東京都知事が「高校の授業料を所得制限なしで無償化する」というニュースを聞いて「すごいことやるなあ」と思っていたら、今度は国が「子ども3人以上の世帯の大学授業料を無償化する」という話が出て、これにはビックリした。

高校授業料無償化を表明した小池百合子都知事
高校授業料無償化を表明した小池百合子都知事
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これはもし実現したらすごいことだと思う。直前の小池さんの話はかすんでしまったし、もともと日本維新の会が熱心にやってきた授業料の無償化の一番いいところを国が全部持って行っちゃった感がある。

学校の授業料の無償化は方向性としては大変良いことだと思う。なぜなら我が国ではシルバー民主主義が蔓延しており、若い世代のお金が高齢者の医療、介護、年金に回されているからだ。

大学無償化のニュースを聞いて、1969年に当時の美濃部亮吉東京都知事が行った、高齢者の医療費の無償化を思い出した。これを受けて国は田中角栄内閣が、1973年に全国で無償化したため、都、国ともに財政が悪化した。その後、高齢者医療制度ができて、現在は75歳以上が1割負担となっている。

高齢者の医療費無償化は左派知事の愚行でしかないと思うのに国が追随し、シルバー偏重の流れを作ってしまったのだが、今回は大阪、東京の保守系知事が授業料無償化を打ち出してそれに国が追随した。

半世紀の戦いが終わった

半世紀がたってようやくシルバー民主主義が是正に動き出したのは感無量であり、そうであればこの改革は支持すべきだ。

ただ高齢者の医療費の無償化が「病院の高齢者サロン化」などのモラルハザードを起こしたのと同じことが、授業料の無償化でも起きないかという心配がある。

東京と大阪ではすでに所得制限付きで高校の無償化が実施されているが、これまで公立の工業高校や商業高校に行っていた中学生が無償化により私立高校に流れたために、一部の工業高校などが定員割れになっているという。

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先日、鉄パイプを作る会社の社長さんと話す機会があったのだが、喉から手が出るほど欲しい工業高校生がなかなか来てくれなくなったとぼやいていた。日本の製造業の強さの秘密は工場で働くブルーカラーの能力が高いことがよく指摘されるが、根本の部分が揺らいでいる。

大学が無償化されると、これまで工業、商業高校で技術を身につけて就職していた人が、そういうことをやめて私立の比較的偏差値の低い大学に流れることが考えられる。これは学生の問題だけではなく、大学側がそういう受け入れ先を作ってしまうという問題もある。

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これは医療と同じで、無料もしくは多くを公費で賄う場合に通常の市場原理が働かないのでモラルハザードが起きてしまうという話だ。

また大学の場合は医学部など授業料が高額なところがある。国の案は子どもが2人と3人の間で天地の差がある。3人子供がいる家は、私立の医学部に行かせ、2人の家は医学部どころか私立も無理、という「格差」が生じる可能性もある。

勉強キライな子が大学に行くという矛盾

もう一つの根本的な問題は、高校の場合、すでに進学率が100%近いので、現在東京と大阪でつけている親の年収910万円という所得制限を外すというだけの話なのだが、大学無償化の場合、大学進学率は57%(2022年度)という現状で、3人きょうだい(あるいは4人、5人)の子どもであれば、たとえ勉強が嫌いでも大学に行けるということだ。

勉強が好きでも親の都合で大学に行けない子を税金で行かせることには賛成だ。だがやる気のない子に税金を使ってはいけない。

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だが「3人子どもがいたら大学は無料」というスローガンは強烈だ。児童手当を増やすくらいで子供が増えるのかと疑問だったが、大学の学費の心配がないなら子供をたくさん作ろうという人たちは増えるかもしれない。

マイナス面は色々あるので制度設計は難しそうだ。授業料の上限を決めるとか、偏差値の下限を決めるなどは最低限必要だし、高校も大学も無償化にするなら国公立に限定というのも一つの手だと思う。

【執筆:フジテレビ上席解説委員 平井文夫】

平井文夫
平井文夫

言わねばならぬことを言う。神は細部に宿る。
フジテレビ報道局上席解説委員。1959年長崎市生まれ。82年フジテレビ入社。ワシントン特派員、編集長、政治部長、専任局長、「新報道2001」キャスター等を経て現職。