アメリカ・サンフランシスコで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の会場から歩いて数分で、路上生活者があふれる一角がある。

”ゾンビ”がいる一角は、昼でも異様な雰囲気が漂う
”ゾンビ”がいる一角は、昼でも異様な雰囲気が漂う
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薬物と汚物の臭いが鼻を突き、ゴミが散乱し、奇声を上げる人、体を「く」の字に折り曲げた人、足下がおぼつかない人など、通称“ゾンビ”がいたるところに見られる。そこには自由と無秩序が複雑にからみ合う現実があった。厳しい規制がある一方、整えられた環境に人々が暮らす北京とは対照的だ。

異なる社会を持つ2つの大国が、違いや対立を脇に置いて自国の利益を追求したのが今回の米中首脳会談だろう。現地では、国際会議の存在は感じられず、この会談にほとんどの注目が集まったと言ってもいい空気だった。中国の思惑と実情を考察する。

APECのプレスセンターは広かったが閑散としていた
APECのプレスセンターは広かったが閑散としていた

過剰にも見える演出と笑顔

首脳会談は現地時間15日の午前から昼食を挟んで4時間にわたって行われた。双方はこれでもかと思うほど友好ぶりを強調した。

バイデン氏は習氏を迎え、固い握手を交わした
バイデン氏は習氏を迎え、固い握手を交わした

会談の冒頭では、
「私たちは競争が対立に傾かないようにしなければならない」(バイデン大統領)
「大国の競争はこの時代には合わない」(習近平国家主席)
と、そろって協力の必要性に触れ、会談後には2人で散歩する演出も披露した。

習主席のあふれんばかりの笑顔、両手の握手はあまり見たことがない。

両首脳の“散歩”には独特の雰囲気が感じられた
両首脳の“散歩”には独特の雰囲気が感じられた
別れ際、握手を交わす米中両首脳
別れ際、握手を交わす米中両首脳

バイデン氏は、習主席が1985年にサンフランシスコを訪れた時の写真を見せ、「何も変わっていないですね」などと持ち上げたという。習主席は晩さん会で友人を意味する「朋友」という言葉を使い、「アメリカと友人関係を築きたい」とまで言及した。

新華社は2人の写真を額縁に入れて大々的に報じた。2人の親密ぶりがこれでもかと強調されたのである。

新華社は、2人の写真を額縁に入れて報じた
新華社は、2人の写真を額縁に入れて報じた

台湾問題では互いの主張を繰り返したのみで、ロシアのウクライナ侵攻や中東情勢について、中国側は具体的な発表を一切していない。軍同士の対話の再開は不測の衝突を防ぐ、双方にとって必要な措置だ。

互いの立場は示しつつも敏感な問題には触れず、実利と成功のアピールを双方が優先した形だ。中国にとっては、長期的には「アメリカへの対抗と新たな国際秩序の構築」(外交筋)を目指しつつ、当面はアメリカと良好な関係を作り、国内の安定や「自立自強」にむけた力を蓄える戦略があるからだとみられる。「中国はアメリカが大統領選に突入する前に1つの区切りを迎えたかった」(外交筋)というように、アメリカとの関係を世界に示すという“成功”が前もって決められ、準備された会談を着実にこなしたというのが実態だろう。

首脳会談に向けた綿密な積み重ね

北京では「中国はこの会談から逆算してすべてのアメリカとの日程を組んでいた」(外交筋)というほど綿密な調整が行われてきた。

2月の中国の気球撃墜から関係が一気に冷え込んだ両国だが、ブリンケン国務長官の訪中(6月)から、王毅政治局委員兼外相とサリバン大統領補佐官のマルタでの会談、キッシンジャー元国務長官の訪中など、多くの機会を作って準備を重ねてきた経緯がある。

会見に出席した王毅氏は明らかに疲れが見えた(9月26日)
会見に出席した王毅氏は明らかに疲れが見えた(9月26日)

その大詰めでもあった9月、王毅氏を直接見る機会があったが、声は小さくかすれて覇気もなく、明らかに疲れているのがわかるほどだった。秦剛氏が姿を消して外相が不在となる中、首脳会談を成功に導くための準備がいかに過酷だったかを想像させた。

日中会談に見られる”拙速感”

中国との調整のため北京入りした秋葉国家安全保障局長(11月9日)
中国との調整のため北京入りした秋葉国家安全保障局長(11月9日)

綿密な調整を重ねてきた米中に比べて、日本の準備は拙速感が否めない。日中首脳会談の実現に向けて秋葉国家安全保障局長が訪中したのは前の週で、「決まったのは急だった」(外交筋)。
ようやく実施された首脳会談だが、岸田首相はAPECの会場から習主席が宿泊するホテルに徒歩で向かった。会議の日程がずれ込んだこともあるだろうが、準備不足や慌ただしさを印象づける出来事だった。

岸田総理は徒歩で日中首脳会談に向かった
岸田総理は徒歩で日中首脳会談に向かった

会談は1時間余りで、懸案の福島第一原発の処理水問題や日本人拘束の問題で目に見える進展はなかった。処理水の問題で、中国側は「話し合いを通じて汚染水排出問題を適切に解決することで合意した」と発表したが、事実上のゼロ回答と言ってもいいだろう。

今回の会談をめぐっては「今の中国はアメリカしか見ていない。中国が日本を向く時が必ず来るので物欲しそうな顔をしないことが肝要だ」(外交筋)という指摘が会談の前から聞かれていた。トップ同士の意思疎通を継続させることが目的の1つだったとはいえ、今回の会談が本当に次につながるのかどうかは不透明だ。

パレスチナ解放を求めるデモ行進
パレスチナ解放を求めるデモ行進

アメリカ・サンフランシスコに到着した夜、パレスチナの解放を求める大規模なデモに遭遇した。政治的な発言や行動が厳しく制限される中国にいる身としては、自らの思いを叫ぶ参加者の姿は非常に新鮮に映った。一方で、自由や権利の概念が大きく異なるアメリカと中国が互いを受け入れることなど到底無理だとも感じた。

会場近くにはアメリカと中国の国旗がいくつも掲げられていた
会場近くにはアメリカと中国の国旗がいくつも掲げられていた

米中双方がしたたかに国益を追求する姿を見ると、日本や日本人が持つ謙虚さや良識に少しの安堵(あんど)と多くの不安を覚える。日本の国益を確保する外交力、政治力に期待したい。

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。