金をだまし取る“頂き”のテクニックで男性2人から1億5000万円以上を詐取した罪に問われている、“頂き女子りりちゃん”こと渡辺真衣被告(25)。

受け取った金はホストに貢いでいたほか、自らの“頂き”の成功体験をまとめた「マニュアル」も販売していた。

男たちはなぜ渡辺被告に金を払い続けていたのか。
また、女たちはなぜホストクラブにはまり、収入以上の大金をつぎ込んでしまうのか。

人間の“心理”とホストクラブの巧妙な営業手法について、臨床心理士で明星大学心理学部の藤井靖教授に聞いた。

「サンクコスト(埋没費用)効果」の沼

ーーなぜ男たちは渡辺被告に大金を払い続けた?

一番大きいのは、心理学で言う「サンクコスト(埋没費用)効果」の影響によるものだと思います。

明星大学心理学部・藤井靖教授
明星大学心理学部・藤井靖教授
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「サンクコスト効果」とは、すでに使った費用やコストに対して「もったいない」という心理が働いてしまい、結果として合理的な判断ができなくなってしまうことを言います。

例えば、お金や時間、労力、気持ちを相手に注いでいればいるほど、将来のリターン(見返り)に期待して、それが得られるまでコストを費やそうとします。

“頂き女子りりちゃん”こと渡辺真衣被告(25)
“頂き女子りりちゃん”こと渡辺真衣被告(25)

渡辺被告に気持ちを注いでいたり、お金を使っていたり、あるいは人間関係が出来上がっている場合、それをなくしてしまうことに対して「もったいない」「心残り」と感じて、だまされていると分かっていてもさらにコストを費やしてしまう心理です。

そして、それを強くする要素が、いわゆる「未来型色恋会話」といわれる、自分と相手との“1対1の未来”を想像させる言動です。

渡辺被告のYou Tubeより
渡辺被告のYou Tubeより

例えば、「旅行一緒に行きたいね」とか、「どこどこで何々したいね」みたいな、未来のことを考えさせることによって、「今の出費はそこへの投資なんだ」と自分の中での落とし所を作らせるコミュニケーション手法です。

さらに、もう1つサンクコスト効果を強める要素は、「自己決断に基いてお金を出している」状況を作ることです。つまり、「お金ください。出しなさい」と言うわけではなくて、今の状況を共感させたり、可哀想と思わせる話をして、「あなたならどうしますか?」というふうなコミュニケーションをとります。

渡辺被告のX(旧Twitter)より
渡辺被告のX(旧Twitter)より

これを心理学で「ソクラテス・ストラテジー」といいます。
人は誰かに強要されて“やらされている”という状況だと、止めたくなったり、自分の中でストッパーがかかります。

しかし“自分で決断”してお金や時間、労力や気持ちを費やしている構造になると、誰かにやらされているわけではなく自分で決めたことなので、だまされているのが後でわかったとしても、その行動を続けやすくなってしまうことがあります。

心理学的には一種のマインドコントロールに近い状況だと言えます。

渡辺被告が男たちからだまし取り、ホストに貢いだ金(渡辺被告のXより)
渡辺被告が男たちからだまし取り、ホストに貢いだ金(渡辺被告のXより)

ーーだまされていると気付いても続けてしまう?

だまされたと気付いたり、自分にとって不利益な状況でも、そこで止めたら過去の自分を否定することになるので、そこには目を向けず、現状維持やポジティブな未来を想像してそれに賭けてお金を費やしてしまう。客観的に見たら非合理だけど、本人的には合理的と感じて行動してしまうのです。

こうした行為に対して、渡辺被告も「もっとお金を取りたい」という気持ちと、「こんなことをやっていてはダメだ」という相反する2つの気持ちを抱えていたと思います。

渡辺被告のYou Tubeより
渡辺被告のYou Tubeより

しかし、「一貫性の心理」と言われる、これまで続けてきたことをやる方が楽なので、苦しかったり心に隙間があれば、結局は、自然と人は楽な方に流れてしまいます。

よって、犯行を継続したり、お金を費やす行動を続けるのです。

「マニュアル」販売で自分を正当化

渡辺被告は、男から金をだまし取る“頂き”のテクニックをまとめた「マニュアル」を作成し、1冊約3万円で販売していた。

渡辺被告が作成したマニュアル
渡辺被告が作成したマニュアル

ーー渡辺被告はなぜマニュアルを作っていた?

渡辺被告は、自分がやっていた行為が詐欺に該当するかもしれないと認識していたと言われています。

それでもマニュアルを作って販売していたのは、自分の行為を正当化する目的があったのだと思います。マニュアルを求めて買う人がいる、役立てている人がいる。自分も満足し、買った人も満足するという構造になっていたのだと思います。

渡辺被告のYou Tubeより
渡辺被告のYou Tubeより

この状態を心理学で「ヘルパーズハイ」といいます。人のためになる、そしてそれが自分自身の存在の証明や正当化になる。

詐欺であるにも関らず、自分はお金を稼ぐために正しいことをやっているし、人のためにもなっているのだという心理になっていたのだと思います。

また、渡辺被告は子供の頃から「認められたい」という承認欲求が強かったという情報もあります。

マニュアルが売れることで金額が目に見えて増えていくことが、 自分の承認欲求を満たす手段になっていたのではないかと考えます。

(イメージ)
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ーー詐欺と認識しながらマニュアルを作る心理は?

人は成功体験があった時、それを何らかの形で残したいという欲があります。

「おぢ」と呼ぶ男たちからお金を引っ張ることに関して、犯罪ではあるけど上手くできたということを形に残して誰かにわかってもらいたい。しかも、そのノウハウが誰かの役に立つのであれば、販売してみんなに広げて、結果として自分の行為の正当化にもなっていたと考えられます。

渡辺被告は2018年頃から歌舞伎町に出入りするようになり、自分と同じ境遇の人と出会い、つながりを作ったと言われています。

渡辺被告のYou Tubeより
渡辺被告のYou Tubeより

そうした中、困っている女性を助けてあげることで自分の承認欲求を満たす。
人を支えることによって自分が支えられている、という利己的な行為ではありますが、ヘルパーズハイの状態になっていたのだと思います。

マニュアルは自分の行為を正当化するために作成したのだと思いますが、売れていくに従って承認欲求を満たすものにもなり、実際に自分の使えるお金も増えました。

そして自分と同じ境遇の人の助けにもなり、社会的に価値があることをしていると心理的に満たされる状態になって、止められなくなったのだと思います。

“ホスト狂い”に共通する「心の隙間」

では、どういった女性がホストクラブにはまり大金を貢ぐようになるのか。
藤井教授は、人間関係に悩み、擬似的な恋愛や友達関係を求めている女性に多く見られると話す。

ーーホストにはまる女性の特徴は?

カウンセリングをしていて共通するのは「心の隙間」です。

何らかの満たされない思いがあって、特に大きいのは「人との関係」です。

自分のことを理解してくれたり、自分が大事だと思える人が周りにいない場合、社会的動物である人間は、人生の中で何か欠落したものを感じていることになります。

渡辺被告が貢いでいた歌舞伎町のホスト“狼谷歩”こと田中裕志容疑者
渡辺被告が貢いでいた歌舞伎町のホスト“狼谷歩”こと田中裕志容疑者

人とのつながりが欲しいと思っても、コミュニケーション能力は様々なので、みんながみんなすぐにつながりを作れるわけではありません。

そこで擬似的な恋愛や友人関係を求めてホストクラブに通い始める人がたくさんいます。
ホストクラブはそういった弱みにつけ込むシステムが出来上がっているので、どんどんハマっていく悪循環に陥ります。

そして客はホスト代金を稼ぐために体を売ったり、渡辺被告のマニュアルを買って実行するなど安易な行動に出てしまう。予備軍はたくさんいると言わざるを得ません。

渡辺被告のYou Tubeより
渡辺被告のYou Tubeより

ーーマニュアルはホストにも参考になる内容だが?

お金を引っ張れそうな人を選んでその人の心を掴み、お金を得てアフターフォローをするという一連の流れについては、渡辺被告自身の経験からホストの営業との共通点を見出していたのだと思います。

「ホスト狂い」と呼ばれる女性たちは、ホストと自分は“ホストと客”というよりは、ある種の“共同体”で、成り上がりのプロセスを支えていくような関係性になっていることが多いです。

(イメージ)
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自分がお金を払っているにもかかわらず、一緒にビジネスをして成り上がり、たくさん稼いで地位を上げていくプロセスを共に経験している感覚に陥っています。

そうすると、自分も客なのに、他の客をどう掴めば良いかなどの話をホストとして、自分も“おぢ”からお金を引っ張るといったホストと同じような営業行為をするわけです。

自分もお金を得て、それをホストにつぎ込む。
2人は共同体といった感覚を見出していて、だからこそこの方法はホストの人にも役立ちますよとアピールしていたのだと思います。

太客やエースに仕立てあげる「育て」

一方、ホスト側はどのようにして金払いのいい客を囲い込むのか。
そこには「育て」と呼ばれるホスト業界の営業手法があるという。

ーーホストはどうやって客を「育てる」?

ホストは客を見極めています。
もっとたくさんのお金を引き出すためには、この子とどういう関係性を持ったらいいのかをコミュニケーションの中で探り、それに応じた対応をします。

その中に、金払いのいい“太客”(太っ腹な客)や“エース”と呼ばれる客に仕立てあげる「育て」というプロセスがあります。

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ホストの営業には3種類あります。

1つ目が、「友営」(友達営業)といって、友達のように接する営業。

2つ目が、「色営」(色恋営業)で、恋愛感情を匂わすような関係性。

3つ目が、「本営」(本気営業)で、お客さんと一緒に旅行に行ったり、毎回アフター(営業後に2人で食事など)に行くなど、そのお客さんだけにしかしない対応をして“オンリーワン”の存在を匂わせる方法です。

客の育てに成功すると、一緒に稼いでいる仲間のように錯覚させる関係になります。

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客の方もホストが成り上がるためのパートナーであり、運命共同体であり、最大の理解者、支援者だという意識になっていきます。

この関係性はこの先もずっと続き、この人のためなら何でもできるというような心理になっていくのです。

ーー“出来るホスト”の条件は?

ホスト側には「還元」というシステムがあり、売れているホストは売り上げの10%以上を客に還元するべきとの暗黙のルールがあります。

ホストの還元システム
ホストの還元システム

例えば、お客さんが200万円つぎ込んだら、その10%に当たる20万円のバッグを買ってお客さんに還元することが「出来るホスト」の条件の1つだと言われています。

1億円プレイヤーと言われるホストも、それは「売り上げ」であって「取り分」ではないので、実際には数百万円の貯金しかない人もいます。

それでもお客さんをつなぎとめておくために、結構なブランド品を買って還元している場合が多いです。

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また、還元の方法はモノに限らず、「同伴・アフター」というシステムもあります。

還元率が客によって違うと、「ホストの自分に対する気持ちが少ない」などと感じて、不満を抱く人もいます。

渡辺被告もホストにお金を出す中で、自分が求めている還元が得られていないと感じていたならば、さらにお金をつぎ込んで自分に気持ちを向けさせたいという思いがあったかもしれません。