2023年10月、クマに襲われケガをした人は全国で71人に上る。記録が確認できる2006年以降、1カ月の数としては最多となった。今、クマに何が起きているのか。専門家の現地調査に同行した。

野生動物の生態研究における第一人者

2023年10月3日、石川県金沢市の市街地に近い山で撮影された映像には、何かを取ろうと立ち上がっている母グマ。そのすぐそばで甘えるような仕草をみせる子グマ2頭が映っている。

提供:大井徹特任教授
提供:大井徹特任教授
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クマを始め、日本の野生動物の生態を研究する石川県立大学の大井徹特任教授が現地調査を担当している。「調査地の一つに来ました。これがカメラトラップと呼んでいる調査のための仕掛けです。この中には蜂蜜が入っています。この蜂蜜と相対するのがクマの体温に反応して録画が始まる自動カメラです」。

大井徹特任教授
大井徹特任教授

クマの分布を調べる定点調査

大井特任教授は金沢市から委託を受け、2020年から市内各地の山でクマの生態調査を行っている。町中に近い山から人が足を踏み入れない山奥まで、設置されているカメラは合わせて36台だ。夜撮影されたクマの映像も人里からそう遠くない山に設置されたカメラに映っていた。

提供:大井徹特任教授
提供:大井徹特任教授

調査を始めて今年で4年目。時期やエリアごとにクマの映像が集まることで、どの地域にどれくらいのクマが分布しているのか、クマの行動パターンも把握できるようになった。「毎年得られるデータに同じ個体がいるかどうか、胸の斑紋、体の大きさなどを手掛かりに識別して、メスなら子どもを連れて繁殖しているかどうか」。

目撃件数は減少も被害相次ぐ

子グマの映像を見るとついつい愛らしいと思ってしまうが、人間が安易に近付いてはならない動物であることも忘れてはいけない。10月9日は金沢市内でウオーキング中の男性が額や胸をひっかかれ大けが、さらに10月11日には小松市の木場潟公園で職員の男性が顔などをひっかかれ、病院に搬送された。

2023年10月
2023年10月

しかしクマが町へ出没する機会が多いわけではないようなのだ。「目撃件数は例年よりずっと少ない、私が設置したカメラで撮影したクマは去年おととしの5分の1くらい」。2023年に石川県内でクマが目撃された回数は10月24日時点で204件。過去5年間で見ると実は今年が一番少なく、600件と最も多かった2020年と比べると3分の1に留まっている。

石川県内のデータ
石川県内のデータ

目撃件数が最多だった2020年は、山の木の実がほとんどならない大凶作の年だった。餌を求めて山から下りてきたクマが商業施設に立てこもる事態も発生し、1年で15人が襲われた。石川県内で人がクマに襲われたのはその2020年以来のことだ。2023年は目撃件数が少ないにも関わらず、相次いでけが人が出てしまっているのだ。

クマの繁殖パターンに異変か!?

一体何がクマを駆り立てているのだろうか。大井特任教授は「人里に下りてくるのは山から移動してくる若いクマと、既に定着している大人のクマから成る。2023年は、数は少ないが親子のクマがよく撮影されている」と話す。野生のクマは6月から7月に交尾を行う時期を迎え、その翌年の1月下旬から2月上旬の冬眠中に出産する。その後、子グマは1年半ほど、親と共に過ごしたあとその夏ごろに親離れする。

しかしそのサイクルに異変が起きているという。「ドングリ類が不作だったら交尾して受精をして、お腹の中に赤ちゃんがいても育たない、翌年出産ができないということになる」。木の実が大凶作だった2020年。母グマが十分に栄養を蓄えられなかったことから翌年の出産数が減少した。このため本来子育てをしていたはずの母グマの出産が2022年以降にずれ込むことになったというのだ。1年半は親離れできないため、2023年は親子連れで行動するクマが多い可能性がある。

「母グマは子どもを守ろうとして非常に神経質になる。子どもを守るために攻撃的になりやすい。市街地周辺で繁殖しているメスが増えると、人とか人工物に慣れていくと考えられます。人と出会っても人の方が驚いて逃げるだけでクマには何の危害も加えられない。クマが人間は安全な生き物だという風に学習して人がいてもエサがある場所なら出ていく」。

人間がクマを呼び寄せている恐れ

“クマの人慣れ”の背景には私たち人間が抱える問題が潜んでいる。大井特任教授は人里に近い山間の地域に足を運んだ。「ここもちょっと前まで畑だった。耕す人が年老いて放置されている。耕作が放棄された農作地が広がっていて、獣の隠れ場所、餌場になっている。これはクマの爪痕です、古いですが」。鋭い爪痕がくっきりと刻まれているのは人の手によって植えられ、そのまま放置された柿の木だ。

クマの爪痕が残る柿の木
クマの爪痕が残る柿の木

過疎化や高齢化などによって、かつては人が手入れしていた里山が、今では手つかずで放置されている。人の姿が消えたことで、クマが町へ下りてくる足がかりを用意してしまっているのだ。「クマにとって居心地の悪い里山にしないといけない。人が頻繁に出入りする、人間由来のクマの餌を除去していく、クマの潜み場所の藪をなくしていく対策が必要」。クマに出会わないように気を付けることはもちろん。それに加えてクマを人里に呼び寄せないために、人間ができることはないか、改めて考えていく必要がある。

(石川テレビ)

石川テレビ
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